第4話 集結した守護者

 銀河が駆る白亜の機体が戦場に降り立つ。

 その様子は司令室でも確認されていた。

「副司令……」

「彼に任せるしか手段はない、か…」

 バーナード・コリンズ大佐は突如現れた〝クロスエンド〟に視線を向け、心の中で祈った。

(頼むぞ、結城銀河君…!)

 異世界からやってきた少年に自分たちの命運を託さなければならない。コリンズはそんな自身の無力さを痛感した。


『グラップル1、アンノウンが現れた』

 〝シグナス〟に乗る男が〝アルカディア〟に乗る男へ報告した。

「例のハルクキャスターを撃墜した機体か。倍近い体格差だが、連携で仕掛けるぞ」

『『『『了解コピー』』』』

 〝クロスエンド〟のCALブレードの一閃が、〝シグナス〟を捉えた。

 と思ったとき、すでに〝シグナス〟のオレンジ色のボディはブレードの軌跡の外へと移動していた。急速後退しながら刃のついた銃――22ミリバヨネットハンドキャノンを引き抜いて〝クロスエンド〟へと発砲。命中したが、装甲表面のフィールドを少し削いだ程度だった。その隙に、〝シグナス〟は更に30メートル後退していた。

 そこへ、直近にいた〝スサノオ〟と〝シュトルーフェ〟が合流。その後方では〝アルカディア〟、その更に後方には〝カウスメディア〟が位置取りを終えていた。

「03と05は近接格闘戦ドッグファイトを仕掛けろ。02は俺と共に援護射撃。04は隙を見て180ミリを撃ち込め」

 個別に指示が出され、5機の新型機はそれぞれの動きを見せた。

 〝シグナス〟はその高い運動性を存分に発揮して〝クロスエンド〟の周囲を飛び回り、〝スサノオ〟が大剣〝アメノムラクモ〟で大質量による格闘戦を仕掛けた。

 対する〝クロスエンド〟はブレードイグニスを射出してランダムに動き回る〝シグナス〟を牽制。飛び込んできた〝スサノオ〟の一撃をCALブレードで受けた。

「なんで……」

 銀河の中の怒りは沸々と煮え滾り、

「なんで殺したぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――っっっ!!!!」

 爆発した感情で勢いを得たかのように、アメノムラクモを押し返し、〝スサノオ〟を跳ね飛ばした。

 そこへ、幾条ものビームが飛来する。

 〝シュトルーフェ〟の持つ直方体の複合兵装〝ヘルクレス〟が半分に割れてスライドし、中から円筒の砲身が姿を見せていた。中性粒子加速砲〝コルネフォロス〟だ。

 〝アルカディア〟の両背部、両肩部、両腰部、両膝部から砲身が展開された中性粒子加速砲〝ウォルフ〟はその8つの砲身を目標――〝クロスエンド〟に向けていた。

 高速で迫るビームを避ける術は、銀河にはない。

 だが――

「邪魔……するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――っっっ!!!!」

 〝クロスエンド〟が発光し、機体表面のAL粒子が膨れ上がる。

 ビームは確かに直撃した。その衝撃で周囲の格納庫が倒壊し、ジープの残骸がひっくり返りながら転がっていく。

 だが、〝クロスエンド〟は健在だった。

 カレルレンエフェクト――粒子偏差によるバリアが必殺の粒子砲を大きく減衰させ、僅かに抜けた分は正面に構えていたBCビームコーティングシールドによって完全に防がれていた。

「こんなもんで…!」

 だが、これで終わりではなかった。

 コックピットに警告音。ロックオンされた。

 目をやると、そこには二つ折りの砲身を構えている緑色の機体――〝カウスメディア〟が発射体勢を整えていた。

 銀河は知る由もないが、この巨砲は180ミリHVMAP弾と呼ばれる空母を砲撃で沈めるために開発された砲弾を発射するためのものだ。この180ミリ対艦砲を装備するために開発されたのが〝カウスメディア〟だと言っても過言ではない。

 それが今、〝クロスエンド〟に向けて発射された。

 今の銀河に対処する術はない。カレルレンエフェクトも防いではくれない。

『銀河ぁぁぁぁ!!』

 それを防いだのは、猛烈な突進で間に割って入った黒い機体〝クロガネ〟だった。

 フィールド出力を最大に跳ね上げ、可視化できるほどの光の壁が展開された。砲弾はその運動エネルギーの多くをそこで失う。しかし、これは普通の砲弾ではない。高速金属流徹甲弾――砲弾の先端から計算されて最適化された火薬によるメタルジェットがモンロー・ノイマン効果により〝クロガネ〟の装甲フィールドに襲い掛かる。

「なんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 〝クロガネ〟はどうにか180ミリ弾の猛威を受けきった。ただし、防御用に掲げていた左腕が、ガトリングキャノンが大きくひしゃげ、用を成さなくなった。右腕のバンカーのカウンターウェイトの意味合いもあるため強制排除パージはしないが、近接時の牽制手段を失った。

『無事か、銀河!』

「あ、ああ…」

 大きく損傷した〝クロガネ〟を見て、銀河の中の温度がすっと冷めていった。冷静でいられなくなっていた自分を救ったのは、コウイチだ。もしそこで彼が割って入らなければ、銀河は今頃高速のメタルジェットに焼かれていたことだろう。

「助かった…」

『無茶しすぎだ。1対5なんて』

「すいません、俺……」

『基地の戦力はほとんどが出撃前に格納庫ごとやられたみたいだ。あいつらが誰で何の目的でこんあことをしているのかはわからないが、俺たちでどうにかするしかない』

「……はい!」

 銀河に先ほどとは違う、別種の熱さがこみ上げた。

『ここは異世界で、どうやったら戻れるのかもわからない。でも、少なくともここでこの基地を、ここの人たちを見捨てることなんてできない』

 コウイチは肩に乱暴に巻いた止血帯に血を滲ませながら言った。

『いくぞ、銀河。俺たちで、ここの人たちを守るんだ』

「はい!!」

 〝クロスエンド〟と〝クロガネ〟が5機の新型機に向かう。

 そのとき、一際大きな爆発が置き、500メートル先にある滑走路脇のアスファルトが舞い上がった。


「異常警報発令!第44格納庫です!」

 発令所で、設備管制士の女性士官が報告した。

「44?そんな場所は知らんぞ!?」

 対して、副司令であるバーナード・コリンズ大佐は困惑の色を隠せなかった。

「確かなのか!?」

「間違いありません!A演習区画と26格納庫、C滑走路の間のスペースに異常熱源あり!」

 副司令である自分が知らない施設があるという事実に焦りを覚えたものの、すぐに事実を受け止め、対処を思案する。

「熱源種別は?」

「極微量の中性子線を確認後、すぐに消失。直後に爆発が起こり、地表が損壊!」

「地下空間での核爆発?いや、そんなはずはないか……」

 報告から考察し、そんなことを呟いていたときだった。

「副司令!44格納庫から……」

「どうした?報告しろ!」

「44格納庫から、ハルクキャスターが出現!」

 発令所内の空気が一瞬にして固まった。


 5分前、第44格納庫――

 地下5階にある扉の前で、ウィストル・ユノーは壁のスリットにカードを通し、パスコードを入力する。重厚な音を立てながら、高さ3メートルの扉が左右に開く。

 真っ暗な中に入ると、自動で照明が点灯する。

 30メートル四方の空間の中で、巨人が屹立していた。整備用の冶具に収められた機体は、黒をベースに赤いラインが波打つように引かれている。

「情報通りね」

 ウィストルはその機体に歩み寄り、迷わずにキャットウォークを登っていく。胸部ハッチを開き、シートに着座。

「ハッチ閉鎖。起動シークエンス開始」

 ウィストルは機体を起動させた。

『Strict Mighty Knight operating system boot…』

 正面ディスプレイには起動画面が流れるように映し出されていく。

『The God Weapons The 3rd Nothung wake up.

 SMK-2/E Nothung Zweit Activate.』

 最後に映った文字に、ウィストルは口角を上げた。

「ノートゥングツヴァイト、ね。〝ハイドラ〟とは桁違いのパワーだわ。さすが八天神具、しかも第3位。期待以上ね」

 整備用冶具の拘束を強制的に破壊し、一歩を踏み出す。

 その隣には、機体と同程度のサイズの長物の武装があり、それを手に取る。

「いくわよ、ノートゥング」

 機体の斜め上に腕を掲げ、魔法陣を展開。光が収束し、やがて強力な砲撃となって発射。堅牢に造られているはずの格納庫の天井とその先の複数の隔壁を吹き飛ばし、地上への直通通路を作り上げた。

「ふふっ――ぐっ――、くぅ……」

 ウィストルは機体出力に満足して笑みを漏らしたが、すぐに胸を押さえた。

「とんだ問題児、ってことか」

 耐えられない痛みではない。

 ウィストルは地上へと〝ノートゥングツヴァイト〟を駆った。



 銀河は突如舞い上がったアスファルトに目を向けていた。そこから黒い影が飛び出し、飛翔。それがこちらへ向けて高速で飛来し、着地した。

 10メートルほどの、黒いボディの機体だった。腕や胴体にはところどころに赤く波打つラインが描かれている。その手にはハルバードが握られているが、その形は異質だった。

 両刃斧に長い柄があることは事実だが、刃の部分が特異な形状だ。片面は通常の斧のようだが、もう片面はなぜか直刀になっている。

 黒い機体はその異質なハルバードを頭上で回した後、正面に向けて構えた。斧部分が柄から伸張し、直刀部分は刀身を支えるブームが柄を基点に回転して展開された。

「なんだ、アイツは…」

 まるで処刑人のようだ。波打つ赤いラインは返り血の滴りに見え、あの装甲色は血が乾いたせいで黒く染まったのではないかと想像してしまう。

 それに加えて、銀河にはおぞましい気配のようなものも感じていた。

「これは…貪欲な…、全てを飲み込もうとする悪意なのか…?」



『遅かったな』

 〝アルカディア〟のパイロットはウィストルに話しかけた。

「遅濡オヤジに文句を言ってちょうだい」

 対してウィストルは親しげに返した。

『それが例のお宝か?』

「ええ。イグドラシルの軍事国家ウルズの国宝にして一騎当千の武具。ハルクキャスター狩りを行う際に用意される陸空の混成連隊、それを壊滅できる程度の力を持っているわ」

 口笛を吹いて囃し立てたり歓喜に騒いだりする声が上がった。

「では、腕慣らし、といきましょうか」

 〝クロスエンド〟と〝クロガネ〟を見て、ウィストルは三日月のように口角を上げた。

 と、そのとき――

『12時方向!地対地ミサイルSSMだ!』

 誰かが叫んだ。

 それと同時に無数の軌跡を描きながら、まさに雨と形容すべき量のミサイルと砲弾が向かってきた。

 新型5機は手持ちの火器で対空防御を行う。〝ノートゥングZツヴァイト〟は魔法陣を展開し、光のシャワーのような制圧射撃魔法を使用してミサイルどころか砲弾さえ無力化していく。

「少し時間をかけすぎたかしら」

 迎撃による煙が上がる中、ウィストルが呟いた。

 〝クロスエンド〟を挟んで後方には、全高40メートルの巨大な機動砲台――〝ムラクモ〟が、発射機や砲身から煙を上げながら佇んでいた。

 さらに――

「ぐあ、なんだ!?」

 〝シグナス〟のパイロットから困惑の声が上がった。

 機体に複数のワイヤーが絡まっていて、身動き封じられていた。5機の中では唯一の単独での空戦能力を有している機体であり、50メートルほどの低空で滞空していたのだが、

「ぐべっ」

 そのパイロットは意識を瞬時に刈り取られた。

 5メートルほどの小型機だった。両手に持った実剣が胴体を十字に裂き、その周囲では同じく5メートルの機体が3機、〝シグナス〟を捕縛するために射出していたワイヤーを巻き取っていた。

 〝ロードナイト〟と〝ナイト〟3機が高く詰まれたコンテナの上に着地した。

 ここに、異世界からの放浪者たち――守護者ガーディアンが集結した。

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