第84話 激辛アフター
「ひぃひぃ、まだかりゃいよぉ‥‥‥」
口から火を噴きそうなのを堪えてキッチンに行くと、美琴ちゃんが涙目でしゃがみこんでた。よっぽど辛いものが苦手だったのだろう。
「あっ、み、澪ちゃん。もしかして、食べ終わったの?」
「(——グッ!)」
ちょっと喋るのが辛いので手でサムズアップする。
いや、本当に息を吸うだけでもピリピリするから、さっきから鼻呼吸しかできないし。味覚がバカになってたらどうしよう。
まさか追いデスソースされてたとは。どうりで僕のだけ赤々しくてヤバい匂いをしてたわけだ。紗夜、あいつは許さん。
でも、その前にまずは牛乳を飲ませて~~っ!
僕は美琴ちゃんに分かるように牛乳パックを指さしてから飲むジェスチャーをする。伝われ僕の想い!
「‥‥‥?」
僕のあたふたする様子に小首を傾げる美琴ちゃん。あら可愛い。‥‥‥じゃなくて!
「ふぅーふぅー!」
「あっ、澪ちゃんも牛乳飲む? ちょっと待ってね」
やった伝わった!
美琴ちゃんはコップに牛乳を注いで渡してくれようとして‥‥‥が、その直前で固まった。
「(い、今更だけど、これ美琴が使ったコップじゃん‥‥‥澪ちゃんが早く欲しそうだから咄嗟だったけど、このまま渡したら間接チュウ!?)」
どうしたんだ美琴ちゃん? それよか、早く! もう喉がイカレちゃう!
「あっ、澪ちゃん!」
美琴ちゃんからコップを奪うように取って口付ける。
あぁ、喉を通る牛乳が何て優しいこと優しいこと。口の中の辛み成分が押し流されていくのを感じる。
「ふぅ~、生き返ってくる。ありがとう美琴ちゃん‥‥‥美琴ちゃん?」
「(み、澪ちゃんと間接チュウしちゃった‥‥‥っ//)」
どうしたどうした、頬を手で抑えて悶えちゃって。
そんなことを思ってると、そこへ麗華がやって来た。
「澪さま、お疲れ様ですわ! 美琴は大丈夫ですの? 顔が赤いですわ」
「麗華もお疲れ様です」
「あっ、だ、大丈夫だよ! それより麗華ちゃんはすごいね、あんなに辛いの食べられて」
うんうん、確かに。麗華だけあの地獄の焼きそばを通常運転で食べてたからね。どれだけ辛さ耐性が強いんだろうか。
「そんなことありませんわ! それに澪さまは追いデスソースされてわたくしより辛いのを食べてますもの。今回の激辛対決は澪さまが優勝ですわ!」
「追いデスソース‥‥‥澪ちゃん、すごいっ」
それに関しては自分でも頑張ったと思うよ。なんとか食べきったし、最後まで近衛家の令嬢として相応しくない醜態は晒してないはず。やせ我慢をしてたのはバレバレかもしれないけどね。
と、麗華がこっちに来たのは牛乳を飲むためだよね。せっかくだから麗華の健闘をたたえて僕が注いであげよう。
「はい、麗華。牛乳ですよ」
「あっ、そのコップは‥‥‥」
「澪さま、ありがとうですわ! あら?」
どうしたんだろう? 牛乳を渡すと、コップのある一点を見て固まる麗華。
「(この痕は‥‥‥澪さまのリップ? もしかしてこれは澪さまが使ったコップですわ!?)」
いや、本当にどうした? 急にプルプル震え始めたんだけど! 今更になって辛味がぶり返してきたのかな。
「ほら麗華、無理しないでグイっと飲んでください」
「い、いいんですの!? ごくり‥‥‥——んくんくっ!」
おぉ~、良い飲みっぷり。やっぱりいくら辛いのが得意と言ってもあんな地獄みたいのを食べたら牛乳が欲しくなるよね。
「おいしいですか?」
「はい! ほんのりと澪さまのお味がする気がしますわ!」
「れ、麗華ちゃん!」
「え?」
「あっ! な、何でもないですわ! おいしい! 牛乳おいしいですわ~!」
なんだろう、なんか誤魔化された気が。
「(れ、麗華ちゃん、澪ちゃん気づいてないみたいだから)」
「(そ、そうですわね。ここは澪さま味をもうちょっと‥‥‥じゃなくて、不潔って思われないように誤魔化さないといけませんわ)」
あれ、そう言えば今更だけど、麗華に渡したコップって僕が口付けたやつじゃん。
やば、徳大寺家の令嬢である麗華に口付けたものを渡すなんて、ちょっとまずかったかも‥‥‥。
「麗華、すみません。そのコップ——」
「わ、わぁ! わたくし、もっと牛乳が飲みたいですわ~! 皆様のところに戻るのに時間がかかりそうですわ~!」
「そ、そしたら仕方ないね! 澪ちゃん、美琴たちは先に戻ってよう? ね、ね?」
「あっ、ちょ、美琴ちゃん?」
なんかよくわからないけどキッチンから追い出された僕だった。‥‥‥もうちょっと牛乳飲みたかっただけなんだけど。
仕方なくリビングに戻ってくると、こっちはこっちで不可思議な光景が広がっていた。
「ゆ、柚お姉ちゃん! やだよ! 起きてよ!」
「さ、よちゃん‥‥‥あとは、まかせ、た‥‥‥」
「柚お姉ちゃ~~~~ん!」
いやいや、本当に何事!? なんで柚葉さんは倒れてて、紗夜はおかしな悲壮感を出してるの!?
「紗夜、いったいこれは‥‥‥」
「あ、澪さま」
こわっ!? さっきまで柚葉さんに情緒溢れる感じだったのに、いきなりスッとなるの怖いよ紗夜!
「そ、それでこれはどういう状況ですか‥‥‥?」
「三条さまは『お姉ちゃんなら食べれるよっ』と言いアレを食べてしまったのです」
そう言って、紗夜が視線を迎える先には、あのむせ返るようなトウガラシの匂いを発する地獄の焼きそば。
一つ残ってるそれは美琴ちゃんが一口だけ食べて放置されてたやつだ。
「残すのはもったいないと言うことになりまして、それならと気になってたらしい三条さまが口にしたのですが、一口食べた瞬間意識を失ってこのようなことに‥‥‥おいたわしや」
なるほど‥‥‥なるほどなるほど。
「とりあえず、柚葉さんは牛乳を飲ませたら目を覚ますまでソファーに寝かせておきましょう」
「わかりました」
「それから残った焼きそばですけど‥‥‥やっぱりお残しはいけませんよね?」
「そうですね。私たちは一応動画配信者ですし、残りはスタッフが美味しく頂きましたのテロップを出すためにも作ったものはしっかりと食べるべきでしょう。もしも捨てたりしたら思わぬところで炎上してしまうかもしれません」
「そうでしょうそうでしょう‥‥‥ねぇ、紗夜?」
「な、なんですか澪さま。ちょっと目がすわって怖いです‥‥‥」
「知ってますか? 焼きそばを食べてないの、紗夜だけなんですよ?」
「そ、そうですね‥‥‥それがなにか?」
「紗夜が食べるべきじゃない?」
「‥‥‥な、なんでですか」
「紗夜が、食べるべき、じゃない?」
ズズイッと紗夜に近づいた僕は、肩をガシッと掴む。
「は、離してください‥‥‥わ、私は食べませんよ? どうなるか目に見えてますし‥‥‥」
「そんなことが許されてるとでも? 追いデスソースの件、許した覚えはないですよ?」
「ひ、ひぃ! はな、離してください!」
「いいからいいから、紗夜も鷹司家の令嬢ですし、食べてみたら意外とおいしいかもしれませんよ?」
「そんなわけないじゃないですか! 私は澪さまと違うんですよ! というか鷹司は関係ない!」
「うるさい! いいから食べるんですよ!」
「わーわー! 横暴だ! パワハラだー!」
ジタバタと暴れる紗夜を地獄の焼きそばの前に座らせる。
抑えつけながら後ろから腕を回して焼きそばを取ると、箸を持って二人羽織みたいな感じになった。
「ほらほら紗夜ちゃん、食べさせてあげるから美味しく食べましょうね? はい、あ~ん」
「み、澪さまのあ~んだって!? この鷹司紗夜、澪さまとイチャイチャできるチャンスを逃すなんてありえません! 澪さまが食べさせてくれるなら、食べます! ——はむっ!」
「おいしい?」
「‥‥‥きゅぅ」
焼きそばを食べた瞬間、紗夜はつぶれたハムスターみたいな声を出して倒れたのだった。
「勝った! 追いデスソースのかたき!」
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