第83話 【激辛】お嬢様なら辛いのなんて余裕ですわ?

 長期休暇も折り返しを迎える今日この頃。


 藤ノ花学園庶民部の部室で五人の少女たちがカメラに向かって丁寧な所作でお辞儀をした。


「皆さんごきげんよう~、藤ノ花学園庶民部の三条柚葉と」


「徳大寺麗華と!」


「さ、西園寺美琴と」


「鷹司紗夜と」


「近衛澪です」


「「「「「わ~~~~っ!!!!」」」」


 パチパチパチパチとセルフ拍手をする五人。最初に撮影したころからなんとなくこんな感じの挨拶に落ち着いたのだった。


「ところで麗華ちゃん、お姉ちゃんたちは何も知らされてないけど、今日は何をするの?」柚葉


「はい! 皆さまは辛い食べ物って好きですか? ちなみにわたくしは好きですわ!」麗華


「私は結構食べれるよ~、お姉ちゃんだもん」柚葉


「み、美琴は苦手‥‥‥」美琴


「普通です」紗夜


「甘党ですけど、食べれないことはないです」澪


「なるほどなるほど。実はですね、先日テレビを見ていた時にCMで見たのですが、かの有名なカップ焼きそばさんがゴールデンウィークに合わせて新商品を出してたのですわ。それがこちら!」


 どーん!といった感じにテーブルの上にカップ焼きそばを三つ置く麗華。


 カップ焼きそばのパッケージには如何にもといったおどろおどろしい文字で『地獄を見る超激辛』と書いており、美琴なんかはそれを見ただけで顔から血の気が引けていた。


「これがその商品なのですが、キャッチフレーズを見てくださいな。『泣けるほど辛い、地獄の辛さ』と謳ってる訳ですわ」


「パッケージの閻魔大王も泣いてますしね。それで、これがどうしました?」澪


「はい澪さま。わたくしは思ったのですわ。わたくしたち令嬢はたとえどれだけ辛いものだろうと会食等でその料理が出されれば、微笑みを湛え美味しく食べなくては相手側に失礼にあたります。ましては泣くなんてことはありえませんわよね?」


「‥‥‥」何をするかを察して固まる澪


「ということで、今日はこの泣けるほど辛いと謳う焼きそばをわたくしたちが優雅に食べて行きますわ~!」


「お~!」柚葉


「む、むむむ、無理だよ!?」美琴


「‥‥‥あれは流石にヤバいかな?」「ヤバいと思います」澪&紗夜


 麗華の宣言にそれぞれの反応を示す四人。


「無理とか言っている美琴は置いておいて、しかし残念なことに手元にあるのは三つですわ。まずは食べる三人を決めますわよ!」


 食べる人はじゃんけんで決めることになり、お嬢様たちはそれぞれの念を込めて右手を出す。


「ちなみに、じゃんけんする前に食べたいって人はいますの? わたくしは食べてみたいですわ!」麗華


「ちょっと気になるかも?」柚葉


「実は口が辛い物を求めています」紗夜


「ちょ、ちょっとだけ怖いもの見たさで美琴も‥‥‥」美琴


「…‥‥え、え? じゃ、じゃあ僕も」澪


「「「「どうぞどうぞ!!!!」」」」澪以外


「いやいやいや! またですか!? みんなやっぱり僕がいないところで打ち合わせしてますよね!?」澪


 と、途中でそんな子芝居を挟みつつも、撮影に一番慣れている麗華が上手く場を回すことで繋げていき、じゃんけ~んぽんっ♪


「やりましたわ!」麗華


「うっ、うぅ、無理だよぉ‥‥‥」美琴


「‥‥‥終わったかもしれません」澪


「はーい、それじゃあここからは麗華ちゃんに代わりまして、お姉ちゃんが司会をしていきますね~。焼きそばを食べることになったのは麗華ちゃんと美琴ちゃんと澪ちゃんの三人になりま~す」柚葉


 それから~、と柚葉がカメラをキッチンに持っていくと、そこでは紗夜がメイドらしく例の焼きそばにお湯を注いで作っていた。


「焼きそばを作ってるのはメイドの紗夜ちゃんで~す。紗夜ちゃん、焼きそばはどうですか~?」柚葉


「三分間待ってやる」紗夜


「それじゃあ焼きそばができるまでみんなでお喋りでもしましょ~」柚葉


 再びリビングに戻る柚葉。


「ところで、二人はカップ麺とかはよく食べるんですか?」澪


「あんまりですわね。前に一度、気になって食べたことがあるくらいですわ!」麗華


「美琴は初めてだよ」美琴


「まぁ、それはそうですよね。そもそも焼きそばを食べることが少ないですし」澪


「そうですわね。わたくしも家で焼きそばは出たことはありませんわ。頼めばメイドが作ってくれるでしょうけど」麗華


「食べるとしてもお祭りの時くらいだよね」美琴


「みんなはそうなんだね~。お姉ちゃんは結構食べることあるよ~」柚葉


「そうなんですか?」澪


「うん。自分で作る時は結構お手軽だからね~、量も作れるしまさに庶民の料理って感じでおいしいよ~」柚葉


 そんな感じでお嬢さまが焼きそばについて語っていると、ついに紗夜が地獄の辛さとかした焼きそばを持ってきた。


「お待たせしました。地獄を見る超激辛焼きそばになります」紗夜


「まぁ! 美味しそうですわね!」麗華


「‥‥‥ぐすっ」美琴


「色がヤバい‥‥‥」澪


 澪は部屋に漂う匂いと色だけでこれがヤバいヤツだということを半ば確信を持った。そしてこれを美味しそうと言う麗華に戦慄した視線を送る。二人の間にいる美琴なんて食べる前から涙目である。


「あ、そうでしたわ! 一応辛さ対策として飲むヨーグルトや牛乳なども持ってきましたわ。冷蔵庫に入ってるので、ヤバいと思ったらご自由に飲んでくださいな」麗華


 そして準備が整った。


「では、さっそくですが三人には焼きそばを食べてもらいます~! 実況はお姉ちゃんこと私、解説はメイドの紗夜ちゃんです」柚葉


「どうも」紗夜


「それでは、三人の令嬢は超激辛焼きそばを優雅に食べることができるのか~!? よ~~~い‥‥‥——スタート!」柚葉


「「「いただきます」」」


 三人同時に箸を割り、一人を除いて意を決したように一口。


「さぁ~、超激辛焼きそば。その色はまさに地獄~! 肝心の一口目、やはりみんな名家の令嬢としてその所作は完璧~! 果たして最後までその優雅さを保つことはできるのか~!? 解説の紗夜ちゃん、どう見ますか~?」柚葉


「そうですね。きっと辛すぎて味なんてわからないでしょうから、いかに辛さを感じる前に飲み込むかがカギになるかと。そしてそれを悟らせないことが優雅さに繋がると思います」紗夜


「——こふっ!」美琴


「おーっと! 美琴ちゃん、一口でギブアップか口元を抑えてキッチンへ駆けて行く~!」柚葉


「まったくご令嬢にあるまじき姿ですね、けけけっ」紗夜


「——あぁ! あぁぁぁぁ! うなぁぁぁああああっ! ムリムリムリ! かりゃいかりゃいかりゃい!」美琴


「キッチンの方から普段の美琴ちゃんからは想像できない叫びが聞こえてくる~! まさに想像を絶する辛さ~! そして残る二人はどうだ~?」柚葉


「澪さま、美味しいですわね!」麗華


「そ、そうダスね‥‥‥」澪


「まぁ、正直辛くて味はほとんどわかりませんけれど、舌がビリビリする感じがたまりませんわ!」麗華


「そ、そうdeathね‥‥‥」澪


「談笑できるほど二人はまだまだ余裕そうだ~! さすがは徳大寺家の令嬢! 近衛家の令嬢! 麺をすするその姿さえ絵になる~!」柚葉


「澪さまですからね、これくらいで根を上げることはないでしょう。徳大寺さまは学食ではいつも麻婆豆腐を食べるほどの辛党です。余裕なのも頷けます」紗夜


「あ、みんなは学食で食べてるのね~。今度、お姉ちゃんもそうしようかな? と、お~!? ここで澪ちゃん、激辛で熱いのか上着を一枚脱いだ~!」柚葉


「はぁ、はぁ‥‥‥澪さま、もう一枚。そのままもう一枚脱いじゃいましょう。薄着になっちゃいましょう、ね?」紗夜


「紗夜ちゃん!? どうしたの!?」柚葉


 その後も時折キッチンから聞こえる美琴の断末魔を耳に、必死に汗が流れるのを抑えて優雅さを取り繕う澪と、実に美味しそうに食べる麗華。そんな二人を逐一実況する柚葉と澪に脱衣を求める紗夜。


 そんな感じで実食は進んでいき、とうとうラスト一口のところまで迫った。


「二人ともあとどれくらいか容器を見せてもらえますか~?」柚葉


「はいですわ!」麗華


「ふぅー‥‥‥ふぅー‥‥‥」澪


「二人ともあと一口~! あと一口です~! 同じようにこの地獄を見る超激辛焼きそばを食べている動画を拝見しましたが、二人のようにここまで優雅に食べている人は皆無でした~! やっぱりお嬢様は気品が違う~!」柚葉


「きっと二人の口の中は今、凄まじい獄炎でしょう。さっき西園寺美琴の生存確認をしてきましたが、口と喉が捥げそうとのことです。あと髪を結んだ澪さまのうなじが色っぽいですね」紗夜


「それでは最後の一口はまた同時で行きましょ~! いきますよ~? せ~のっ——完食~!」柚葉


 柚葉の号令で最後の一口を同時に食べる二人。


 麗華はまだまだ余裕そうだが、澪はなんとな~くもう限界が近そうであった。


 身体は小刻みに震え、瞳は潤んでいる。抑えきれない汗で前髪がおでこにぴっちりと張り付き、息を吸うたびに口の中が悲鳴を上げる。


 それでも食べきったのだ。この地獄そのものの焼きそばを。


「あ、そう言えば言い忘れてましたが、澪さまのは特別に追いデスソースをしてます」紗夜


「——んうっ!?!?」澪


「な、なんだって~!? まさかまさかのネタバラシにお姉ちゃんもびっくりです~!」柚葉


「やっぱり何か入れたほうが良い気がしまして」紗夜


「さ、よ‥‥‥」澪


「——っ!?!?(ビクビクッ!)」


 澪はかすれ気味の声で紗夜を名前を呼び、それはそれはニッコリとした綺麗すぎる笑みを向ける。その笑顔を見て、紗夜は背筋が泡だった気がした。


 そのまま静かに立ち上がると、最後まで見惚れるような優雅な立ち振る舞いでキッチンに向かっていった。


「澪さま、わたくしでも相当辛く感じてますのに、更にはデスソースまで入っていたのにあれほど美しく笑みをたたえるなんて、さすがですわ! と、わたくしも飲み物を飲んできますので、柚お姉ちゃんのほうで動画を閉めてくださいな」麗華


「は~い、わかったよ~」柚葉


 麗華を見送った柚葉と美琴がカメラの前で並ぶ。


「それじゃあお姉ちゃんたちの方で終わらせよっか、紗夜ちゃん」柚葉


「はい」紗夜


「それでは、今回の企画はいかがだったでしょうか~? 楽しんで頂けたらチャンネル登録と高評価」柚葉


「フォローと★レビューのほうをお願いします」紗夜


「「藤ノ花学園庶民部でした。ばいば~い!」」柚葉&紗夜

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