第81話 テンションの高いお父様

「僕、復活!!」


 昨日はお父様の運転で酷い目にあったけど、一日ゆっくり休んだおかげかすっかり体調も良くなって快調な寝起きである。


「ふぁあ‥‥‥にしても朝早すぎませんか。まだ朝陽も登って来てませんよ」


「だから別に無理して僕に付き合わなくても大丈夫ですよ?」


 いつも五時には起きちゃう僕だけど、昨日は早寝したおかげか今日はまだ辺りが薄暗いのに目が覚めてしまったのだ。


 紗夜も僕に合わせて起き出したため、まだまだ眠そうに欠伸をしてる。


 そんな紗夜に無理しなくていいと言うと、紗夜はぷくっと頬を膨らませた。寝起きだからかな? なんだか仕草が幼い。


「もう何度言えばわかるんですか? もっとご自分のお立場を考えてください」


「ソレハモウ、イヤトイウホドワカリマシタ」


 あの日のお説教は忘れない。


「それに私は澪さまの専属メイドですよ。いつでもどんな時でも澪さまの行くところに連れていってくれないと嫌です」


「紗夜‥‥‥」


 紗夜はそう言うと、ギュッと甘えるように僕の腕に抱き着いてきた。


 なんか可愛い‥‥‥。


「そ、それじゃあ朝の散歩に行きましょうか」


「はい」


 紗夜の挙動にちょっと慌てながら、僕たちは朝の冷たい森の空気を吸いに外に出た。



 ■■



「澪、一緒に釣りをしに行かないか?」


「釣りですか?」


 朝の散歩から戻って来て朝食を食べ終わり、お茶を飲んで一息ついているとお父様がそんなことを言ってきた。


 この森には清流が流れており、施設利用者は自由に釣りを楽しむことができるとパンフレットに書いてあったけどそれの事だろう。


 にしても釣りかぁ‥‥‥。


 僕はチラリとお父様の格好を見てみる。


 釣竿を肩に担いでハイブランドのサングラスをかけた姿はなかなか様になっていて完璧なセレブフィッシャーマンだ。


 はは~ん、お父様の魂胆が分かったぞ。僕に釣り姿を見せて大物を釣ったところを「お父様すご~い!」って言われたいんでしょう?


 正直、昨日の運転を思い出すと無視してもいいかもだけど、明らかに期待に満ちた目で見てくる。まぁ、これも家族サービスの一環かね。


「いいですよ。少し準備してきますね」


「よっしゃ!」


 あらあら、そんなに瞳をキラキラさせちまって。まったく世話のかかるお父様だぜ、やれやれ。


 というわけで、濡れたり汚れたりしてもいい服に着替えてからお父様と一緒に川へ向かう。


「お父様は釣りをやったことがあるんですか?」


「もちろんあるぞ! よく取引先の社長なんかと行くな」


 あ~、釣り接待か。その取引先の社長さんはだいぶチャレンジャーな人だな。釣り接待なんて失敗する典型だろうに。


「あとは子供の頃はよく近所の川でやっていたなぁ。それに静流もやったことあるんだぞ」


「え、お母様もですか!?」


 あの色白でいかにも繊細な女性って雰囲気のお母様が釣り? 娘の僕が言うのもなんだけどかなり意外。


 ちなみに静流しずるというのはお母様の名前だ。それと今更だけどお父様の名前は和真かずまという。


 実は近衛家の正統後継者はお母様で、お父様は入り婿なのだけど、この二人はなかなか波乱万丈な経験をして結ばれたと耳にしたことがある。


 あまり詳しくは聞いたことないけれど、二人の馴れ初めは子供の頃は身体が弱かったお母様が療養先でお父様と出会ったのが始まりらしい。


 お母様が釣りをしたのはきっとその時の出来事だろう。


「静流は初めてやった時はかなり慌てていてな、危うく川に落ちるところだったが、澪は気を付けるんだぞ? ちゃんとレクチャーするから魚がかかっても落ち着いてやろう」


「あ~、はい」


 そう言えば釣りをするのは初めてか。でもゴメンお父様、僕は昔姉ちゃんとやったことあるから、そんなに丁寧に説明しなくても大丈夫だよ。


 そんなこんなで釣りができるスポットに到着。


 川の流れは殆どなく穏やかで、魚が隠れてそうな岩陰などがたくさんある絶好の釣りスポットだ。これは入れ食いになるかも。


 さっそくとばかりに張りきったお父様が娘に良いところを見せようと竿を振るう中、僕も一応お父様の説明を聞いてあげながら、釣竿に餌を付けて魚がいそうなところに投げる。あとはかかるのを待つだけだ。


「いいかい澪、釣りで大事なのは待つことだ。あまり焦ると魚も逃げてしまって釣れるものも釣れなく——」


「あ、釣れましたよ」


「え?」


 お父様がなにかウンチクを言ってた気がするけど、引っ張られた感触がして引いてみればさっそくかかってくれた。幸先がいいかも。


 サッと針が引っかからないように魚を外して水を溜めたバケツに入れる。この魚はあとで連れてきた料理人が調理してくれるだろう。


 新しい餌をつけてもう一度。今度はもっと大きいのが釣れるかな?


「あ、すみませんお父様、聞いてませんでした。なんですか?」


「‥‥‥澪、初めてなのに上手いな」


「あっ‥‥‥えへへ、そうですか?」


 ごめんなさい初めてじゃないんです、ごめんなさい。


 僕は曖昧な笑みを浮かべながら心の中で謝った。


 僕は確かに近衛澪だけど、果たして純粋な近衛澪かと聞かれたらはっきりと自信は持てないから。お父様からしたらあの日からの僕はまがい物なのかもしれない。


 そう思うと、罪悪感でちくりとする。僕にはどうしようもないことだけど、なんだかこの人から娘さんを奪ってしまったような気がして。


 普段は気にしないようにしているけど、こうして釣りという静かな時間を過ごしているからだろうか。僕は自分を見つめ直すように釣り糸を垂らしていた。


 それから二時間くらいたって。


「まだだ、まだ俺は諦めないぞ!」


「お父様、もうお昼ですよ? お母様も待ってますし戻りましょう」


「だけど、だけど‥‥‥一匹も釣れないなんて! これじゃあ父親としての威厳が!」


 お父様、そうしてる姿からすでに威厳なんて漏れ出てしまってますよ。


 胸中でそう呟きながら、ちらりと二つのバケツの中を見てみる。片方にはそれなりに魚が入っていて、もう片方は空っぽ。


 そう、お父様はあれだけ豪語していたと言うのに、一度も魚がかからず坊主だったのだ‥‥‥。なんか虚しい。


 なんとかお父様を説得してドームのところに戻ってくると、お母様と家人たちがお昼ご飯の準備を進めていた。


「あなた、澪、おかえりなさい。もうすぐバーベキューの準備ができますよ」


「——はっ!? そうだバーベキュー!」


 お母様の言葉を聞いて意気消沈していたお父様がいきなり復活する。これは‥‥‥。


「澪! 俺が美味しい肉を焼いてやるからな!」


「あなた‥‥‥」


「あはは‥‥‥」


 お父様は娘に見栄を張りたいお年頃なのだ。



_____________________


お久しぶりです! 戻って来ました!

カクヨムコンが始まったので、また更新していきます。今年は総合エンタメの方に応募することにしました。まだ★レビューしてないよーって人がいたら、この機会にしてもらえると嬉しいです!


あと、新作も始めるのでよかったら読んでください!


『転生王女の錬金術 ~スキルを授かったらなぜか前世の記憶を思い出したので、錬金術を使ったものづくりチートで最強の国にしようと思います~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330667137846170


久しぶりの異世界ファンタジーです!

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