第80話 家族旅行
これは僕の偏見だけど、お金持ちや権力者とみなされる人たちはだいたい『速さ』とか『高さ』とかを求める傾向があると思う。
世界一の高層ビルの最上階を貸切るとか、自家用車がスポーツカーだとかね。
そんな高いところに居を構えて上がり下がりの移動が大変そうとか、公共道路でスポーツカーぶっぱなしてどうすんねんって思っちゃう僕はやっぱりお嬢様に向いてないのかもしれない。
そして僕のお父様は速さを求める人だった。
——ブォォォオオオオンッ!!
「ぎゃぁぁあああっ! お父様早い! 加速が早いよ!」
「ん? そうか?」
なぁにすっとぼけた顔してるんだこの親父は! 連休明け始めで他の車もいるっていうのに3秒で時速100㎞まで加速したら事故るって!
今わかったぞ、紗夜とお母様はこれを見越して後ろから来ることになってるいつもの送迎車に乗ったんだろう。僕も紗夜と一緒にそっちに乗ればよかった!
というかわかってたなら止めてくれよ! こういう時だけ見捨てやがって!
‥‥‥まぁ、乗りたいって言っちゃったのは僕なんだけどね。
病院で検査が終わって、いざ旅行に出発するぞ!っていつものリムジンに乗ろうとしたときに、どこからかスポーツカーの重低音が聞こえてきたと思ったら、その正体がランボルギーニだったのを見て、かっこよくてつい言っちゃったんだ。
そしたらいきなり僕たちの前のそのランボルギーニが止まって、いつも送り迎えしてくれる運転手さんが降りてきたと思ったらお父様と運転を交代して「じゃあ澪はこっちに乗るかい」「うん!」てな感じで乗り込んでしまったのだ。
本当に久しぶりの家族旅行だから、いつも運転は任せてるお父様もプライベートの時は自分で運転するくらい車が好きなのをすっかり忘れていた。持ってる車もだいたい高級とされていて誰もが一度は聞いたことあるようなスポーツカーだしね。
娘ラブなお父様のことだ。そりゃあそんな愛する娘に一緒に乗りたいなんて言われたらテンションアゲアゲになるに決まってた。
そんなわけで僕は今、絶賛ワイルドスピード中。
おい、別れの言葉は無しかぁぁぁぁああああああああっ!?!?
「早い早い早いっ!! ここ高速道路だけどそんな爆走したら捕まるからぁぁっ!」
「はははっ! そんなの俺が振り切ってみせるさ! ドリフトいくぞぅ!」
「きゃぁぁぁぁああああああっ!!!」
はははっ!じゃないんだよっ! ばかぁぁぁあああああっ!!
こうして僕は旅行先に着くまでのあいだ、生娘のように叫び続けるのだった。
■■
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
死ぬかと思った。
きっと、もう一生お父様の運転する車に乗ることはないと思う。
やっぱり僕には速さを求めるのは無理だ。スポーツカーはかっこいいから見てるのは良いけど、もう見るだけにしよう。
そうして僕が呆然としていると、しばらくしてお母様や紗夜、他の家人たちを乗せたリムジンがやってくる。
近衛家ともなれば家族旅行でも当然のように身の回りのお世話をしてくれるメイドさん、執事さんたちを連れてくる。
それって家族旅行としてどうなの?って思うかもしれないけど、家人たちは呼ばれたり指示を出されたりするまでは黒子に徹してるのであまり気にならない。彼ら彼女らもプロだ。
僕としても紗夜が来てくれるのは嬉しいしね。紗夜は家族同然だと思ってるし。
まぁ、近衛家はホワイトなので、家人たちもお父様から休憩中は好きに過ごしてもいいと言われてるはずだ。せっかくの旅行なので皆さんもぜひ楽しんでほしい。
「澪さま、大丈夫ですか?」
「紗夜‥‥‥魂が抜けるかと思いました‥‥‥」
「まずは休憩をしましょうか」
「そうですね‥‥‥」
紗夜たちが来たらお父様の車に乗ろうとした時にどうして止めてくれなかったのか問い詰めようと思ってたけど、もうそんな気力も湧かないや。
僕が紗夜に心配されている隣では、お父様がお母様にスピードの出しすぎだとこってり絞められていた。
そうだもっと言っちゃえ! 僕が言っても「え? なに? もっと早く? わかったぞ!」って逆効果だったんだから!
そうして紗夜に連れられて移動する。
しばらく森の中を歩いて行くと、やがて雪だるまのようなドーム型のテントが見えてきた。
「今回泊まるのはあそこですね」
「おぉ~」
今回の旅行は僕が久しぶりの旅行であることも考慮して国内での二泊三日という小旅行だ。もし長距離移動が大丈夫そうだったら夏は国外に行く予定らしい。
今回は新鮮な空気を浴びてリラックスしたいということで、森林浴ができるところで贅沢なグランピングをすることになってる。キャンプなら姉ちゃんとしたことがあるし、なんなら野宿の経験もあるけどグランピングは初めてである。
いやでも、本当に贅沢だよこれ。
ドームの中は結構広々としていてインテリアは上質な雰囲気だし、カーテンを開けば一面に森が広がってる。
もっとキャンプ場みたいに人が多いイメージだったけど、周りを見渡しても木ばっかりで同じようなドームはこれしかない。
パンフレットを見てみれば、どうやら広大な森の中に客室が少ししかないらしい。さらにはプールやクラブハウスなんかの施設もあって、自然の中でアウトドアを楽しみながら高級ホテルのような快適な時間を過ごすのがコンセプトだとか。
これなら十分日ごろの疲れを癒やせるだろう。
でも今は、日ごろの疲れより車疲れを癒やしたい‥‥‥。
「紗夜、何かあったら起こしてください」
「はい、おやすみなさい」
こうして僕の小旅行一日目はベッドの上で過ぎて行った。
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