第79話 病院でふざけてはいけません
——ウィ~~ン
「‥‥‥ん」
どこからか無機質な機械音が聞こえてきてぼんやりと目が覚める。
うっすらと目を開けると見覚えのある白い天井が視界一杯に広がっていて、ここが幼いころは病弱でよくお世話になっていた病院であることを思い出した。
どうやら僕はベッドのようなところに寝かされていて、そのベッドは動くらしい。
(僕は、どうしたんだっけ‥‥‥?)
なんだか記憶が曖昧だ。
必死に思い出そうとしていると、唐突にフラッシュバックでとある光景が走馬灯のように流れる。
「——っ!?」
交差点。こっちに向かって来る車。僕に押されてびっくりしている姉ちゃんの顔。横からきたものすごい衝撃。
そうだった。僕は轢かれそうになった姉ちゃんを咄嗟に庇って、自分から向かって来る車に突っ込んだんだ。
それからなぜか僕の意識は別の身体に蘇り、和泉澪改め近衛澪になって藤ノ花学園というお嬢様やお坊ちゃんが通学する日本で最高級の学園に通うことになった。
学園では麗華や美琴ちゃん、九条さんや柚葉さんといった親しい人に囲まれて一緒に楽しい日常を過ごしてたはずだ。
それで、とある事情から僕の意識が蘇った理由が分かって、一度元の身体に戻そうってことになったんだ。
その間、この近衛澪ボディは生命活動を一時的に停止するためにコールドスリープすることになって‥‥‥。
「澪さま、検査は終わりましたよ」
すると、すぐ傍から懐かしい声が聞こえてきた。僕の幼馴染で、一番の親友で、専属のメイドの‥‥‥。
「紗夜‥‥‥。なんだか長い夢を見ているようでした。無事に目覚めることができたんですね。今は何年なんでしょうか?」
「‥‥‥。あの澪さま、いつもMRI検査をするたびにコールドスリープごっこするのは止めませんか?」
「あれ? 飽きちゃいました? それなら次からはタイムカプセルで未来から来た設定で行きますか」
「もう一度MRIを撮る必要があるかもしれませんね」
「ちょっ! それは僕の頭がヤバいって言ってるんですか!?」
「ほら、ここにいたら迷惑をかけますから早く出ますよ」
「不敬! 不敬だ~! 僕、ご主人なのに!」
というわけで、はい。今日は定期検査で病院に来てま~す。
いつもはMRIを撮るほど大袈裟にしないんだけど、今日はこの後の予定のために過保護な家族が詳しく検査することを勧めたため受けることになった。
それにしても紗夜のノリが悪いなぁ。MRIの機械に入ったらしたくなるよね? コールドスリープごっこ。付き合ってくれてもいいのに。
「ふんふん♪」
「澪さまは今日はテンションが高いですね?」
「そうですか? 普通だと思いますよ?」
「いえ、明らかに浮かれてますよ。このあとの旅行、そんなに楽しみですか?」
「そりゃまぁ、退院してから初めての旅行ですし」
お父さんたちは疲れた体に鞭を打ち、家族サービスを追い求める。世はまさにゴールデンウェーク。
そして我が近衛家もいつもは忙しいお父様もお母様も休みが取れたということで、この長期休暇を利用して何気に退院後初となる小旅行に行こうと言うことになってるのだ。ちょっと浮かれるのくらい許して欲しい。
「ふふふ~ん♪」
「澪さまが楽しそうで何よりです」
■■
そんな浮かれている澪と紗夜とは別室で澪の両親と一人の医師が向かい合って座っていた。
机に置かれたパソコンの画面にはたった今MRIで撮られた澪の脳の画像が映されており、全員が真剣な顔をして覗き込んでいる。
「ふむ、これを見る限りでは特に問題はありませんな。脳波の方も正常ですし至って健康でしょう」
「そうか。それではこの後の旅行の方は?」
「大丈夫でしょう」
「よしっ!」「あなたっ!」
医師の断言に思わず抱き合って喜びを分かち合う近衛夫婦。
相変わらず仲睦ましい。そう思いながら医師は改めて澪の脳の画像に目を移す。
彼の名は
もともと澪は心臓病で循環器内科のお抱え医師が診ていたのだが、澪が手術をした一年前頃から早川も澪の担当医となっていた。
心臓病であった澪になぜ脳神経外科の早川が担当医になったのか、その理由は。
「先生、澪の脳に異常がないということはやはり‥‥‥」
「はい。以前から申していましたとおり記憶転移によるものかと思われます」
記憶転移。臓器移植によってドナーの記憶や性格、趣味嗜好、習慣の一部がレシピエンドに移ってしまう現象のことを言う。
「世界的に珍しい事例でもありますのでまだわかってることも少ないのですが、何か普段の生活に支障がでたり、以前と大きく変わったようなことはありますか?」
「そうだな‥‥‥。自分を呼ぶときの一人称が『僕』になったことだろうか」
「そうですね。あとは初めて行うこともまるで経験者のようにこなすことがあると専属のメイドからは伺っています」
「ふむふむ」
「あとは‥‥‥。あぁ、女癖が良くなったな」
「‥‥‥ふむ?」
「確かに、学園でもお友達もできたみたいだけれど、ちゃんと健全なお付き合いをしているみたいね」
「‥‥‥」
早川は思う、それは逆に良いことなんじゃなかろうか?
その時ふと、近衛澪が入院中に流れた様々な噂を思い出した。
曰く、近衛澪の病室に若く美人な看護婦が訪れると言葉にできないスゴイことをさせられて漏れなく全員お嫁にいけないカラダにされただとか。
曰く、夜な夜な病院内の巡回をしていると、近衛澪の病室の前を通りかかった時にくぐもった嬌声が聞こえてくるだとか。
曰く、近衛澪の担当になった看護婦はもう近衛澪以外の担当になることが考えられず、担当の座を奪い合って何度も修羅場になっただとか。
出てくる出てくる浮名数々。最終的にはその看護婦全員、近衛家に召し抱えられたらしい。
「んんっ! とりあえず、今のところは問題なく生活も送れているようですし、もうしばらくは様子を見ることにしましょう」
早川は聞かなかったことにした。権力者のこういった話は突っ込まないほうがいいのだ。
「あ、先生。このことは澪ちゃんには伝えたほうがいいのでしょうか?」
「それはご家族の判断にお任せいたしますが、通常レシピエンドがドナーの家族との接触は固く禁じられているため、変わったことの確認することはできませんので、混乱を招くだけの可能性があります」
「それなら当分は秘密にしておいた方がいいかしら? あなた?」
「そうだな。今のところはうまくいってるのだし、無駄に混乱させることもなかろう」
まぁ、接触は禁止されてると言っても、実際は近衛家が働きかければできないこともないだろうが。
「それでは先生。ありがとうございました」
「また何かあれば頼むよ」
「はい、何かありましたらいつでもお尋ねください」
こうして澪の定期検査は無事に終わり、近衛家の面々は小旅行に向かうことになる。
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こんにちはコロナもすっかり良くなった作者です。
更新が遅れてすみません。ストックは順調に溜まってるんですが、実はちょっと別作品に浮気をしてしまいまして。
一応こちらになります。
『滅亡に向かう貞操逆転世界を救うため、伝説になったAV男優が転生しました。』
https://novel18.syosetu.com/n3421il/
新作で、いわゆる貞操逆転モノのエロラブコメです。
別サイトで年齢制限もありますが、よかったら読んでみてください。
お嬢様の方も不定期にはなりますが更新は続けるので、よろしくお願いします。
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