第75話 忠告と次の約束

「ふぅ‥‥‥」


 ティラミスを食べ終わって、バニラアイスも食べ終わって、追加でチーズケーキも頼んで食べ終わった後、ドリンクバーでアールグレイを入れて一息。


 向かいの九条さんもメロンソーダをストローで吸っている。


「——っ」


 その姿をジッと見ていると、九条さんとチラリと目が合ったと思ったらなんだか不自然な感じに逸らされた。


「‥‥‥?」


 さっきからそんな感じで不思議に思う。いつもならもっと堂々としてて睨み返すくらいしてくるのに、なんだか今の九条さんはしおらしい。


 う~ん、あっ、もしかして本当はチーズケーキも食べたかったのだろうか? 


 一応、食べるときに「九条さんも食べますか?」ってフォーク向けたのに、「いらない!」の一手張りだったから本当にいらないものかと。それならそうと言ってくれればよかったのに。


 というか僕、今更だけど結構大胆なことしちゃった気がする。あ~んなんてご令嬢としてどうなんだろう? 食べかけだし、人が口付けたものだし、思えばかなりはしたないのでは?


 まぁ、この前紗夜もやってきたし大丈夫か。それに会食とかならともかくファミレスだし誰も気にする人なんていないよね。


 それよりも、だ! 大切なことだからもう一度言うけど、あ~んしちゃったんだよ! 九条さんと!


 これってもう九条さんとは知り合いやよく話す人っていうカテゴリーを抜けて改めて堂々と友達と言ってもいいのではないだろうか?


 いやむしろ、こうして学園を抜けてまで二人でご飯を食べに来たんだから、それ以上の親友と言っても過言じゃないのでは!?


「ふへへっ」


「え、なに?」


「九条さん、また次も二人で来ましょうね!」


「絶対やだ」


「え‥‥‥」


 え、え? なんで!? 何で絶対!? しかも冗談じゃなくてマジな顔だし! えぇ~‥‥‥九条さんのガードが固すぎるよぉ‥‥‥。


「それより、そろそろ時間だし、飲み終わったから出るよ」


「あ、ちょっと待ってください!」


 伝票を手にしてスタスタとレジの方へ向かう九条さん。


 僕も最後の一口を飲み干して急いで後を追った。


 ちょうど食べ終わって会計をする人が多いようで、レジ前は結構混んでおり僕たちは四組の後ろに並らんで順番を待つ。


「あんた、一人で食べすぎじゃない?」


 すると、財布を取り出して伝票を確認してる九条さんがそう言った。


「そうですか? まぁ、確かにちょっと食べすぎたかもしれません。あ、五千円しかないので僕がまとめて払いますよ」


「あれでちょっと‥‥‥。それは助かるけど、うちがここに呼んだんだしうちが払うけど」


「気にしないでください。むしろ僕のほうが九条さんの分も払いたいくらいです」


 もともと僕が九条さんをお昼に誘ったんだしね。


「それは遠慮しとく。自分の分は自分で払うわ、あんたに借りを作ると高くつきそうだし」


「別に借りとか思いませんけど‥‥‥」


 九条さんが頼んだのってドリアとドリンクバーだけでほぼワンコインの値段だし、そんなにけちけちしないよ。


 ただちょっと、また今度一緒にご飯食べてくれれば‥‥‥。


「そういえば、どうしてこのお店を選んだんですか?」


 せっかく連れてきてくれて失礼かもしれないけど、僕はずっと気になってたことを聞くことにした。


 こう言ったらお店に失礼だけど、正直に言えば僕や九条さんが来るようなところじゃない。イタリアンレストランならもっとふさわしいお店があるだろう。


 僕だから大丈夫だけど、人によっては「よくもこんなところに!」って怒る人もいるんじゃないだろうか? まぁ、九条さんも僕なら気にしないって分かってたんだろうけど。


「ん? 安いし、他の学園生が来ないからだけど」


「はぁ‥‥‥?」


「分かってないな。現金で払いたかったんだよ、カードじゃ足が付くから」


「あ~」


 なるほど、家にバレたくなかったってことか。


 麗華たちもそうだったけどカードを持たされてる人は結構多い。それは買い物をする場所がだいたい世間一般では高級店とされる店が多いからで、逆に現金は持ってない人も多いくらいだ。


 もし現金だけで買い物をしようと思ったら、真面目にトランクに札束を詰めて持ち運ばないといけない。それなら子供でもカードを持たせた方が良いということだろう。


 でもその代わり、何をいつどこでいくら使ったかは常に両親にバレることになる。男子がもし叡智な薄い本なんて買おうものなら親に性癖もろバレだ。


 今回は別にやましいわけじゃないけど、九条さんからしたらこの店に来たことが家に知られたら困るんだろう。僕もあまりいい顔はされないかもしれないし。


「でも、それなら学園の個室サロンとかでもよかったのでは?」


「だからそれじゃあ、うちらの動向を探ってる人に変な勘ぐりされるでしょ」


「はぁ‥‥‥?」


「また分かってないって顔だな‥‥‥」


 いや、わかってますよ? たぶん。紗夜にも九条さんと同じようなことを言われるしね。


「いい? 忘れてたけどこれが今日の本題」


「はい」


 九条さんがとても真剣な目を向けてくる。だから僕も目をそらさずに見つめ返した。


「うちやあんたは嫌でも家の駆け引きやパワーゲームに巻き込まれる。だからもっと近づいてくる人間には用心して、近づく人間も見極めて」


「はい」


「それとこれは忠告だけど、うちのクソ親父がまたあんたんところにまたちょっかいをかけるかもしれない。たぶん体育祭関係だろうけど、一応用心して」


 体育祭関係で九条家からちょっかい? よくわからないけど‥‥‥。


「うん? それって、僕に言ってよかったんですか?」


「‥‥‥うちはクソ親父や九条家なんてどうでもいいから」


 そう言う九条さんの目はどこか暗い色を湛えてる気がした。


 九条さんが九条んのお父様と反発し合っているのは僕も知っている。というか社交界やこの界隈のあいだでは割と有名な噂話の一つだ。


 なんというか、悲しいことだと思う。どうして二人の仲が悪いのか部外者の僕には知る由もないけど、家族仲は良好の方が絶対に良い。


 いつ会えなくなるかわからないんだから。


「九条さん‥‥‥あっ」


 なにかを言おうとして、しかしちょうど会計の順番が回ってきたせいで、そのまま何も言えずに会計を済ませる。


 いつまでもレジの前でもたついていると次の人たちが使えないのですぐにお店をあとにした。


 お店の前に出ると九条さんがお金を渡してくるけど、それは丁重に断るこおtにした。


「大丈夫ですよ」


「いや、受け取ってよ」


「いえいえ、それはご忠告してくれたお礼ってことで。情報量としては安すぎるくらいですけど」


「そういうことなら、分かった。別に大したことじゃないしこれでいいよ」


 それにしてもなんだか夢みたいな時間だったな。


 憧れ、とはまた違うけど、どうしてもお近づきになりたいと思ってる九条さんとこうしてファミレスにくるなんて思ってもみなかったから。


「九条さん」


「なに?」


「また今度、一緒にご飯食べましょうね!」


「‥‥‥」


「‥‥‥ダメですか?」


「はぁ~‥‥‥気が向いたらね」


「はいっ!」


 よしっ! 約束を取り付けたぞ! これでまた来週くらいに二人で‥‥‥うふふ。


「それよりも、お迎えがきたぞ」


「はぇ?」


「澪さまっ!」


「え?」


 突然、名前を呼ばれて振り返ると、そこには僕のメイドである紗夜の姿が‥‥‥。


「澪さま! 学園にいないと思ったらこんなところで何をしてるんですか!」


「何って、九条さんとご飯ですけど‥‥‥。それよりも紗夜、あなたの用事は? 確か今日一日かかるんでしたよね?」


「そんなものどうでもいいことだったので途中で抜け出してきました」


 いや、そんなものて‥‥‥。


「それよりも、これはどういうことですか!? 澪さまがこんなところで、しかも九条さまと二人きりとは! 護衛を無しに出歩くなと言ったのはついこの間ですよね!?」


「そ、それは‥‥‥」


 今日は紗夜が休みなので、バレないと思いました‥‥‥。


「言い訳は車の中で聞かせて頂きます! 行きますよ!」


「うわっと! ちょっ、引っ張らないで! というか車で帰るなら九条さんも!」


「うちはいいわ、歩いて帰る。‥‥‥巻き込まれたくないし」


「さぁ、澪さま、私もそう何度も甘い顔はできませんからね? 今度という今度は覚悟してください」


「く、九条さん! 九条さ~~~んっ!!」


 凄みのある顔の紗夜に引きずられながら、こうして初めての九条さんとのランチは終わったのでした。


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