第76話 庶民部存続会議

 放課後になって、僕、紗夜、麗華、美琴ちゃんのいつもの四人は庶民部の部室に集まっていた。


 みんなでテーブルを囲んで深刻な雰囲気が漂っている。


「ではでは~! これから庶民部存続会議を始めるわ~!」


 と、そんなどこか呑気な宣誓をしたのは、この部室の主。庶民部部長の三条柚葉先輩。


 今日ここに集まったのは他でもない。せっかく入部しようと思った庶民部が実績不足で廃部の危機を迎えたため、それをなんとかしようと解決策を話し合いに来たのだ。


 というのも、生徒会の清水さんから廃部を言い渡された僕たちだけど、当然せっかく新入部員が入って来てこれからだっていうのに部長である柚葉さんが受け入れられる訳がなかった。


 柚葉さんは廃部通達を撤回させようとごねにごね、泣きわめき、果ては生徒会に乗り込んで頭を下げ、あわや庶民部の禁忌であるはずの家の力を行使する寸前でなんとか廃部は保留にしてもらい、条件付きで存続を認めてもらったのだ。


 いやぁ、あの時は凄かった。何がって? 柚葉さんの全力の土下座だよ。


 この学園で最上位に近い家格である三条家の柚葉さんが、恥も外聞も気にせず清々しいほどの綺麗な土下座をキメたときは驚きを通り越して感心してしまったほどだ。


 思わず「ワァオ! ジャパニーズDO・GE・ZA! オー、エクセレント!」って僕の中のエセ外国人が出てくるところだった。


 そしてそんな柚葉さんに呆れ——ごほんごほんっ!


 そんな柚葉さんに感心した生徒会長は保留ということで、廃部の決定を一時的に撤回してくれて、さらには条件付きで庶民部の存続を約束してくれた。


 ただまぁ、その条件というのがなかなか難題でねぇ‥‥‥。


「さっそくだけど、何か庶民部の実績を作ることができる案がある人はいるかしら~?」


 そう、生徒会長から提示された庶民部の存続を認める条件と言うのが、今柚葉さんが言った通り実績を作ることだ。しかも期限として一学期中にというのもある。


 実績が無かったために廃部になるのだから、実績を作ればいいというのは至極当然だと思う。それに、一学期中というのも割と長い期間で条件としてはかなり緩いものだろう。


 問題は庶民部は何が実績になるのかってことだ。


 これが運動部であればとても分かりやすい。とりあえず大会に出場し勝てばそれが実績になる。普通の文化部もコンクールや発表会などで結果を残せばいい。


 けど、庶民部は一応文化部は文化部だけど、どちらかと言えばキワモノ枠だろう。


 活動内容としてはこの前柚葉さんが言っていたように『庶民的な体験をして世間一般の生活を身近に感じること』というものだけど、その活動で一体なにを実績にして外に示せばいいのか‥‥‥。


 紗夜と土日を使って色々と考えてみたけど、結局良い解決策は見つからなかった。


 いっそ『庶民大会・お嬢様の部』みたいのがあればよかったのに。


 柚葉さんは期待したような瞳をしてるけど、元庶民である僕でさえ思いつかなかったのだ。生粋のお嬢様である麗華や美琴ちゃんから何か案が出てくるとは——。


「はいですわ!」


「え?」


 まさか無いと思っていたのに、勢いよく麗華が手を挙げて驚いた。いったいどんな解決策が!?


「はい、麗華ちゃん」


「YouTuberになればいいですわ!」


 ‥‥‥え? YouTuber?


「おぉ~! いいわね~! 楽しそう! 他に何かある人は~? 無かった麗華ちゃんのYouTuberで——」


「ちょちょちょ! 待ってください! ど、どうしてYouTuber? それが実績になるんですか?」


 僕が呆然としている間に進みそうになったので慌てて止める。どうか僕に説明しておくれ!


 提案した麗華に説明を求めるように見つめると、麗華はピンと人差し指を伸ばした。


「澪さま、大事なのは数字ですわ!」


「お、おぉ?」


 なんかできるビジネスマンみたいなことを言い出したぞ?


「澪さまはマンガ・アニメ必殺技道場部は覚えていますか?」


「えぇ、体験に行ったところですね」


「これを見てください」


 そう言って麗華がスマホの画面を向けてくる。そこには投稿系SNSのとあるアカウントが表示されていた。


「これは‥‥‥?」


「このアカウントはマンガ・アニメ必殺技道場部のSNSアカウントですわ!」


「えっ!? まじか‥‥‥」


 そりゃあ部活によっては公式アカウントを作ることもあるだろう。けれど僕が驚いたのはそこじゃなくて、そのアカウントのフォロワーの数がそこらの芸能人なんかとは比べ物にならないくらい多いからだ。


「フォロワー数、10万人以上‥‥‥」


「そう、そこですわ! マンガ・アニメ必殺技道場部は一見なにをしているのかわかりにくいですが、いくつかの投稿した動画がバズり、フォロワー数が激増。その結果、影響力があるとみなされインフルエンサーとして学園に実績が認められたのですわ!」


「なるほど‥‥‥」


 あんな「かぁ~~めぇ~~はぁ~~めぇ~~ッ‥‥‥——波あぁぁああああああッ!!」なんてやってる部活がなんであるんだろうって思ってたけど、ちゃんと活動実績があるんだね。ちょっとぶっ飛んでる気がするけど。


 確かに何を実績にできるのかわからないよりは、前例があるインフルエンサーになって実績とするというのはいいかもしれない。


 でも、問題が無いわけではないだろう。


 まずは機材の問題。


 これに関しては今時スマホ一台あれば撮影も編集もアプリでできるためすぐに解決はできる。でも本格的にやるのならちゃんとした機材を買って、しっかりと取り組んだ方が良いはずだ。


 まぁ有り余る財力で何とか出来るだろうけど、廃部寸前で部費の支給が止められていることもあるし、機材の初期投資額は結構バカにできないと思う。


 それから‥‥‥。


「仮にYouTuberになるとして、家から止められたりしませんか?」


 これでも僕たちは良家の子女。しかも庶民部に集まっているのは元の貴族位だと摂家、清華家、大臣家とほぼ上意を占めている人ばかりだ。


 もちろんそんなお嬢様だってYouTubeは見る。僕も見るし。


 でも、それを投稿者や配信者としてやるのはまた別のことだろう。


 どうやって動画を撮るのかはわからないけど、仮に素顔でやるとすればインターネットの電波に乗って僕たちの顔が全世界に知れ渡ることになる。当然それは危険が伴う行為だ。


 それにもし何か問題が発生して炎上なんてことになれば、僕たち個人だけじゃなくて家にまで悪影響を及ぼすかもしれない。正直リスクが高すぎる気がする。


 そもそも動画投稿者は低俗なものと思われがちだ。


 だから僕たちがよくても両親とかが止めるんじゃ‥‥‥。


「そんなことは今更ですわ!」


「はぇ‥‥‥?」


「徳大寺家はファミリーチャンネルを作ってますし、わたくしもそこに映ってますもの!」


「えぇ!?」


「これですわ!」


「ほ、本当だ‥‥‥」


 麗華が見せてくれた画面には『徳大寺チャンネル』というアカウントが。徳大寺家、何やってんだ‥‥‥。


 なになに? 『娘の中等科卒業祝いにプライベートジェットで世界一周してきた』‥‥‥、やべぇな。でも楽しそう。


「いやいや、でも美琴ちゃんの西園寺家とかは?」


「え、えっと、家族は美琴に自信が付くように挑戦してみなさいって」


「えぇ‥‥‥」


 西園寺家の皆さん、いいの!? こんな可愛い美琴ちゃんが全世界に晒されちゃうよ!?


「じゃ、じゃあ柚葉さんは?」


「うん~? お姉ちゃん家は放任主義だし、面白そうだからオッケーよ~!」


 軽い!


 でもでも、僕の両親は流石に反対するんじゃないか? あの過保護な二人だ。僕に危険があることには絶対認めたりするとは思えない。


「‥‥‥はい。‥‥‥はい。‥‥‥それでは、そう澪さまにお伝えいたします」


 ちょうど紗夜が両親に確認を取っていたみたい。


 そして電話を切り終わった紗夜は‥‥‥僕に向かってグッとサムズアップした。


「奥様に確認しました。『澪ちゃんがYouTuber!? 絶対チャンネル登録と高評価しなくっちゃ!』とのことです」


「ママ~~~~~ッ!」


「旦那様も、『いいぞ! それならもっともっと俺たちの天使を見せびらかして自慢したい!』とのことです」


「パパ~~~~~ッ!」


 そっちか! そっちに親バカが振り切れちゃったか!


 これで誰も僕たちを止めるものはいなくなった。


 けどまだだ! まだ、最大の問題点が残っている!


「で、でも、あまり時間がありませんよ? 一学期が終わるまでに実績に認められるだけの人気がでるとは思えません!」


 さっきは長いと言ったけどこうなると逆に短いだろう。実績として認められるのは最低でも10万人のチャンネル登録者を獲得する必要があるはず。そんな簡単にできるとは思えない。


 なのに‥‥‥。


「澪さまなら余裕ですわ!」


「み、澪ちゃんがいればすぐだと思う」


「澪さまであれば簡単ですね」


「澪ちゃんならできと思うわ~!」


「えぇ~‥‥‥」


 なんでみんなそんな自信満々なんですかね‥‥‥。


 結局、僕の説得は虚しく、庶民部は実績作りのためYouTuberになることになったのだった。

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