第77話 YouTuberになるために

「それではYouTuberになるためにチャンネルの開設にあたって決めるべき諸々のことを決めますわ!」


 柚葉さんに代わって麗華が宣言する。


 動画投稿者としては経験者である麗華が取り仕切る方が良いということで交代することになった。


 結局、実績を作る方法はYouTuberになることになっちゃったけど、決まったなら前向きに取り組もう。色々心配なこともあるし、本当にこれで条件を達成できるのか不安はあるけど、これもいい経験になるかな。


 それにこうやって誰かに引っ張られて何かをすることは、姉ちゃんと一緒に色々とやってきたことを思い出してなんだか懐かしい気持ちになる。そう思うとちょっとは楽しくなってきたかも。


「まずはYouTuberとして一番大事なことを決めますわ!」


 ふむ、チャンネル名とか動画内容とかかな?


「挨拶とポーズですわ!」


「‥‥‥」


 う~ん、それかぁ~‥‥‥。


「あの、麗華? もっと先に決めたほうが良いものがあるのでは? チャンネル名とか」


「そんなのはあとでいいですわ!」


「あ、はい」


「どなたか良い案はありまして?」


 そんないきなり言われてもねぇ。普通に「こんにちは」とかでもいいんじゃ‥‥‥。


「はい」


「紗夜さま!」


「ここはアットホームな感じを出していきましょう。ということで‥‥‥」


 紗夜がコホンと咳払いをする。


「お帰りなさいませっ! ご主人様っ♡ お嬢様っ♡」


 え、めちゃくちゃ萌え声なんだけど‥‥‥。


「こんなのでどうでしょう?」


「「「「‥‥‥」」」」


 いきなりの紗夜の挙動にポカーンとするみんな。


 いや、そりゃみんな呆然とするよ。いつも淡々とした声なのにいきなりあんなアニメみたいな声出されたら。しかも変わったのは声だけで表情はいつもの無表情だったし。


「紗夜‥‥‥大丈夫ですか?」


「いたって真剣ですけど?」


「そ、そう」


 そっか、真剣だったか。よかったぁ、壊れてしまったのかと‥‥‥。


「今のはあれですわね。メイド喫茶の挨拶ですわね!」


「麗華ちゃん、メイド喫茶ってなに?」


「あら? 美琴は知らないんですの? いいですわ! わたくしがメイド喫茶とは何かについて語ってあげましょう! メイド喫茶とは——」


 あ~、お嬢様だったらメイド喫茶なんて知らないか。西園寺家にもメイドはいるだろうけど喫茶店なんかとは結び付かないのかな。良家のお嬢様からするとメイドって言ったら、本来は使用人で堅苦しいものだしね。


 麗華は結構サブカルチャーを嗜んでるから知ってるどころか、熱く語るほどみたいだけど、柚葉さんも初めて聞いたみたいな感じだ。


 逆に紗夜が知ってるのがちょっと驚きなんだけど‥‥‥あれ? あの顔は‥‥‥。


「‥‥‥紗夜、メイド喫茶って知ってました?」


「いえ、初めて聞きましたが? しかし徳大寺さまの話を聞く限り、随分低俗なメイドのようですね。同じメイドとして腹が立ちます」


「あ~‥‥‥」


 どうやら知らなかったらしい。知らないでさっきの挨拶をしたのか‥‥‥。


 なんていうか、うん。とりあえずさっきのは違うんじゃないかな?


「こほんっ! メイド喫茶についてはこれくらいにしときますわ! 紗夜さまの挨拶については保留にしておきましょう。他に意見のある方は?」


「は、はい!」


「美琴!」


「えっと、こういうのはどうかなって‥‥‥澪ちゃん、ちょっといい?」


「はい?」


 どうやら美琴ちゃんが考えたのは一人でできるものじゃないらしい。


 美琴ちゃんに耳を寄せて、どんなのか軽く打ち合わせをする。


「ふむふむ‥‥‥」


「それで、最後に‥‥‥」


「‥‥‥あの、これはまた主旨が違うんじゃ?」


「と、とりあえずやってみよ?」


「う~ん‥‥‥」


 なんかこれも違う気がするけど、美琴ちゃんがやりたいと言うのでとりあえずやってみることにする。


「それじゃあ、お願いしますわ!」


 麗華に言われて美琴ちゃんを目を合わせる。


「「せ~のっ——」」


「澪です!」


「み、美琴です!」


「「みおことチャンネル~~~ですっ♡」」


 最後に二人で手を合わせてハートマークを作る。


「「「「‥‥‥」」」」


 うん、やっぱり違うと思う。だってこれ、いわゆるカップルチャンネルってやつじゃ‥‥‥。


「ど、どうでしょう?」


「却下で」「却下ですわ!」


「え、えぇ~~~っ!」


 まぁ、そりゃそうだよね。美琴ちゃんと僕の二人でやるならともかく、みんなでやるんだし。


 気を取り直して元の席に戻ると、今度は柚葉さんが手を挙げた。


「ねぇ、麗華ちゃん」


「はい、なんですの?」


「お姉ちゃんはこういうの見ないからあまりわからないのだけど、麗華ちゃんは家族でやってるのよね? その時はどういう風にしてるの?」


「ファミリーチャンネルのやつですか? それなら徳大寺グループのCMと同じですわ! こんな感じです!」


 麗華が再びスマホをの画面を見せてくれる。そこには徳大寺チャンネルの冒頭部分が流れていて。


『楽しく!(父) 元気に!(母) と~くだ~い~じ~♪(麗華・姉) お~~ほっほっほっほ!(全員) ごきげんよっこいしょういち! どうも、徳大寺家です!(父)』


「「「「‥‥‥」」」」


「こんな感じですわ! 高笑いまでは皆様もよく目にしたことがあるでしょう?」


 確かに、全員で高笑いしてるところまではテレビを見てると徳大寺グループのコマーシャルが流れてきたときに聞いたことがある。しかしこれは‥‥‥。


「これ、テレビで流れてるのも実際にわたくしたちの声でやってますのよ!」


 やっぱり‥‥‥どおりで聞いたことがあるまんまだと思った。


 というか徳大寺家ぶっとんでるなぁ‥‥‥。とくにお父さん、一体どうしたんだっていうくらいテンションが高かった。とてもじゃないけどいくつもの企業を束ね長には見えない。


「どうでしょう? 参考になりまして?」


「え、え~っと、お姉ちゃんたちには合わないんじゃないかなぁ~‥‥‥」


 まぁ、そうだよね。慣れている麗華はともかく、初心者の僕たちには奇抜過ぎてなかなかハードルの高い挨拶だ。


「あれはお父様がノリでやってることですもの。う~ん‥‥‥なかなか決まりませんわね。まだまだ決めないといけないことがあるのですけれど」


「「「「う~ん‥‥‥」」」」


 みんなで頭を悩ませるけど、これといってピンとくるものがない。


 というか、実は僕、最初から思ってることがあるんだけど。


「あの、一ついいですか?」


「はい、澪さま!」


「普通に『ごきげんよう』じゃダメなんでしょうか? みんな奇抜なものを考えようとしてるのかもしれないですけど、世間一般から見ればこれも十分奇抜ですよ?」


 そう、この学園にいれば一日十回は聞くけれど、普通の学校じゃネタ挨拶間違いなしだ。僕もすっかりこの学園に馴染んじゃったから忘れていた。


 もしもまだ何か足りないなら、ごきげんようの前に『爽やかな~』なんて時勢の句でも付ければかなり個性的だと思う。


 僕が言ったことに、みんなそれぞれ顔を見合わせる。


「確かに」


「シンプルですし、美琴たちも慣れてますし」


「あんまり変なモノにしてもよくないものね」


「それじゃあ、わたくしたちのチャンネルの挨拶は『ごきげんよう』にしましょう!」


 それからもう少し挨拶について詰めて、あとはチャンネル名、活動内容、初撮影の軽い打ち合わせなんかをしながらこの日の放課後は過ぎて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る