第74話 実は輝夜は‥‥‥

「‥‥‥。」


「‥‥‥。」


 九条さんとの時間は楽しいと言ったな? あれは嘘‥‥‥ではないんだけど、いざその時になるといったい何を話せばいいのかわからなくなるっていうことない?


 実は今、そんな感じになっていた。


 仲良くなりたいと思っているからこそ、どうやって距離を詰めればいいのかわからなくて慎重になるというか。


 今までも散々グイグイしてきたけど、どれも鬱陶しがられて袖にされてるしなぁ。


 それでもこうして僕と二人でご飯を食べに来たりしてくれるってことは初めて会った時よりは心を開いてくれていると思いたいところ。


 この機会にもっと仲良くなれるキッカケを見つけられればいいんだけど‥‥‥。


「あの‥‥‥」


「なに?」


「え~、えっと、ご趣味は?」


「それ、今聞かないといけない事?」


「あ、いえ‥‥‥」


「うち、食事は静かにしたいから話しかけないで」


「す、すみません‥‥‥」


 ‥‥‥き、気まずっ! あれぇ、さっきまでのふざけつつも和気あいあいとしたような雰囲気はどこいっちゃったの!? 温度差について行けないんだけど! もしかしてそんなに靴に入れてたお札が嫌だったのか!? まさか本当に僕の足は臭うの!?


 というか僕もなんだよ「ご趣味は?」って! お見合いか!


 自分のやらかしに空気が重く感じて、気まずさから逸らすようにパクパクと箸を進める。九条さんがドリアの三分の一を食べ終わる前に僕はピザとサラダとナポリタンの半分を食べ終わってしまった。


 その間も何故か九条さんにジッと見られてる気がするけど‥‥‥。


 もしかして僕、九条さんから「よく食うなぁ」って大食漢な女だと思われてたりするのかな? まぁ、確かに僕はたくさん食べる方だけど、そんなに非常識な量じゃ‥‥‥。


 いや、もしかして令嬢としては非常識なのか? よく思い出せば、僕の周りにいる子ってみんなそんなに食べないし、いつもそれだけで足りるのかなぁって思ってたけど、たくさん食べるのはご令嬢としてよくないのかも。


 でもなぁ、長いこと病院食ばっかりだった反動か食べることは好きなんだよね。パーティーなんかに呼ばれた日にゃ、絶対社交なんてそっちのけであれこれパクパクする気がする。


 それに僕としては「えぇ~、わたしぃ~全然食べれないんですぅ~」って小食ぶる女よりは「おいしいおいしい!」ってたくさん食べてくれるほうが好感が持てるし、自分自身そうありたい。


 九条さんはたくさん食べる女の子は好きですか‥‥‥?


「ねぇ、バスケはやったことがあったの?」


「え?」


「バスケだよバスケ。さっきのあれ、どう見ても初心者の動きじゃないでしょ」


「あ~、そうですね‥‥‥」


 話しかけないでって言われたと思ったら突然話しかけられてびっくりしてしまった。


 それでバスケだっけ? やったことあるかないかと言われれば‥‥‥ある。


 もちろんれいだったころだけど。といっても部活とかクラブチームに入っていたわけではなくて、これもまたいつも通り姉ちゃんの影響だ。


 高校一年生の時だったかな。その日、姉ちゃんとバスケコートがある公園に通りかかると、いつもは中学生くらいの子たちが練習してるそこに大学生くらいのガラの悪い人たちが先に使ってた中学生たちと揉めていた場面に出くわした。


 正義感の強い姉ちゃんは当然のように介入。そのまま試合で勝った方がコートを明け渡すということで中学生たちと姉ちゃん、そして当たり前のように巻き込まれた僕でバスケで勝負した。


 結果は‥‥‥まぁ、勝てるわけがない。体格では圧倒的に劣ってたし、中学生たちも遊びでやってただけだし、僕と姉ちゃんは初心者だ。負けてずこずことコートを去ることになった。


 しかし僕の姉ちゃんが負けっぱなしで引き下がるわけがない。その日から奴らをぎゃふんと言わせてやると言って受験勉強そっちのけでバスケの練習。またそれに巻き込まれる僕。


 数日後、再戦して勝利した僕たちは見事に大学生チームの追い出しに成功。その時の姉ちゃんのセリフがこちら。


『これも戦国の世の慣わし! 敗れた者は我が領地から去るがいい!』


 いつそこが姉ちゃんの領地になったのかは知らないけどこうして無事に地元の中坊たちにバスケコートを取り戻せましたとさ、めでたしめでたし‥‥‥に、なればよかったんだけどなぁ。


 普通ならそうなるはずだろう。でも、あのセリフで気づくべきだった。姉ちゃんの中でなにか変なスイッチが入ってしまったのか、放課後になって「あ~、やっとバスケ終わった~」なんて呑気に過ごしていた僕の首根っこをひっつかむと、隣町のバスケコートに突撃。そこでバスケをしていたストバスチームに勝負を挑み勝利する。


 それから始まるは僕の中で戦乱ストバス時代と呼んでいる三か月。毎日放課後にストバスチームに勝負を挑み続け、やがて関東平定を成し遂げることになるんだけど、今はもう遠い昔の話。


「ということで、だいたい動画で見て覚えましたよ」


「え、その結論を言うまでの作り話のくだり必要ある?」


「あ~‥‥‥いらないかも?」


 作り話じゃないんだけどね。まぁ、そう思われてもしかたないか。九条さんは僕の入院生活を知ってるみたいだし。


 あれ? でもなんでバカ正直に話したんだろ? れいに繋がるようなことは言わないようにしてるんだけど‥‥‥。


「う~ん?」



 ■■



 突然悩み始めた様子をみせる澪を輝夜はジッと見つめる。


(もともとよくわからないヤツだったけど、ますますよくわからないヤツだな)


 席が隣同士なことから普段から近くにいて、澪の人となりをそれなりに分かって来たつもりだったけど、こうして対面に座って見え方が変わるとまた違った面が見えてくる。


 例えばとても感情表現が豊かなこと。


 この短時間の間だけでもシュンと落ち込んだと思ったら、アワアワと慌て始めて、キリリとしたと思えば上目遣いで見つめられる。


 こんなにコロコロと表情が変わるのは近衛家の令嬢としてどうなのだろう。表情から考えが読みやすくて、社交界なんかじゃあっという間に食い物にされる。だけど‥‥‥。


(あの時の顔は‥‥‥)


 輝夜は一度、澪が他の女子生徒に呼び出されて嫉妬からやっかみを受けている場面を見たことがある。


 近衛家の子女で高位の家柄、誰が見てもため息をつきたくなるほど容姿端麗な美貌、運動や勉強もできることも分かってる。


 どれか一つでも妬ましく思ってもしかたない理由のオンパレードだ。そんな人物が高校から突然やって来くれば誰だって少しは妬み僻みを覚えてもしかたない。


 それか実家や派閥の関係から噛みついたのかもしれない。輝夜も身に覚えがある出来事だった。


 そこで度が過ぎるようなら介入しようと思い様子を伺っていたのだけど、その時の澪の表情は輝夜でも一瞬ゾッとするほど完璧な令嬢の微笑みだった。


 まるで別の人が表情を動かしてるみたいに。


(近衛澪には二面性がある)


 そりゃあ、人は誰だって外に見せる顔と内に見せる顔といった別の面を持つだろうし、欺瞞の仮面に本心を隠すことだってするだろう。


 だけど澪のそれは明らかに異質で、そう言ったものとはまた違う。輝夜はその考えを半ば確信していた。


 二重人格かとも思ったがどうもそれとは違う。でも、輝夜は澪を見ていると、なんとなく絵の具が混じり合って何と呼べばいいのかわからない色ができたように見えてしまう。


 今回このファミレスに連れてきたのは、それを見極めるためでもあった。


(結局、よくわからないままだけど)


 今まで輝夜に近づいてきた人はと言えば、九条家におもねりたい人や、逆に九条家を貶めたい人ばっかりだった。


 でも澪からはそう言う気配は感じない。なんとなく純粋な好意からというのは分かってる。


 だけど澪は九条家とは敵対してると言ってもいい近衛家の人間で、しかもその人物像がよくわからない。だから警戒せざるえない。


 シャットアウトして関わらないようにって思っても、それは澪の方から来るために止められない。


「‥‥‥」


 と、まぁ、なんだかんだ理屈をつけてみたけれど、本質はもっとべつのところにある。


 本人は絶対に認めないだろうけど。


 輝夜は‥‥‥輝夜は‥‥‥‥‥‥‥‥‥実はただコミュ症なだけです。


 もちろん理屈の方も嘘じゃない。輝夜と澪が近づけば、それを家や派閥と絡めて邪推する人もいる。実際既に裏でコソコソしている人もいるのだ。だから今まで輝夜が澪に言ったことは間違いじゃないし今でもそう思ってる。


 だけど、きっと長年のボッチが祟ったのだろう。


 いつも澪がやってくるとつい緊張して身体が固まってしまう。話しかけられると何を話せばいいのかわからなくて黙ってしまう。


 ただその態度が美琴とは違い堂々としているためにそれが分かりずらく、完璧なポーカーフェイスで表情に出さない。更に口下手で毒を吐いてしまうために、周りからは孤高に思われているのだ。


 人付き合いは面倒くさいし、近づいてくる人間はみんな裏があり警戒するのも疲れるため輝夜自身もそれでいいと思ってた。


 なのに近衛澪ときたら、いくら輝夜が冷たくあしらっても次の休み時間になれば気にせずに話しかけてくる。かといって丁寧に理屈を説明しても変わらない。


「はぁ‥‥‥」


 輝夜は澪とどう接していけばいいのかわからなくてついため息が漏れてしまった。


 すると、それを聞き留めた澪がピクリと反応する。


「九条さん? どうかしました?」


「‥‥‥いや、なんでもない」


「そうですか? 何かあるなら——あっ! そういうことですか!」


「はぁ?」


「すいません! 僕だけデザートを頼むなんてよくなかったですよね‥‥‥」


「は? いや、別にいいけど」


「大丈夫です! わかってますよ! 女の子はみんな甘いものが好きなんですから、そういう時は遠慮なく言ってください!」


「いや、だから——って、なに?」


「はい、あ~~ん‥‥‥」


「——っ!?」


 唐突に、澪が食べていたティラミスを切り分けたと思ったらそのままフォークに刺して向けてくる。


 輝夜は何も言っていないのに、何がどうしてこうなったのか。


(というかそれ、あんたが使ってるやつで、いわゆる間接‥‥‥)


「うん? ほら、どうぞ?」


「だ、だから‥‥‥」


「あ~~~~ん」


「‥‥‥ぁん」


 いくら抗議の視線を送っても気づいてくれずいつまでもこのままなため、ついに折れてティラミスをあ~んされる輝夜。


「どうですか? おいしいですか?」


「‥‥‥わかんない」


「そうですか。まぁ、所詮はファミレスのですし、もっとおいしいティラミスなんてたくさんありますしね」


 そう言いつつも、再びおいしそうにティラミスを食べ始める澪。


(そういうことじゃ、ないんだけど‥‥‥)


 一方の輝夜は、珍しくほんのりと頬を染めながら、それがバレないようにそっぽを向くものの、今さっき自分が口付けたフォークが今度は澪の口に入るのを見て、ますます気恥ずかしくなる。


(あぁもう! やっぱこいつわかんない!)


「ん? やっぱりもっと食べますか?」


「いやっ! ちがっ!」


「そんなこと言わずに、遠慮しなくていいんですよ? はい、あ~~~ん」


「う~~‥‥‥」

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