第73話 九条さんと二人

「いらっしゃいませ、二名様でしょうか?」


「そう」


「かしこまりました。それではお席にご案内いたします」


 店員さんに案内されて九条さんと向かい合いで席に着く。


 いつも沈み込むほどに柔らかいものに座ってるからか、ソファなのにやけに固く感じる。


「ご注文がお決まりでしたらお手元のボタンを押してお呼びください」


 お決まりの定型文を言って店員さんは忙しそうに新しいお客さんの案内に戻っていった。


 お昼時だからだろう。お店にはたくさんのお客さんがいて、いつも家族といくようなムーディーで上品なレストランと違いとても賑やかだ。


 それに九条さんの纏う高貴な雰囲気が全く合ってなくて、ちょっと周りからも浮いていて注目されてる気がする。


 なんだか落ち着かないような気分でいると、メニューに目を落していた九条さんにチラリと見られた。


「ファミレスは初めて?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど、なんだか懐かしい感じがして」


「そう」


 昔はよく姉ちゃんと一緒に来てたからなぁ。ドリンクバーだけでかなりの時間を粘ってたのも今ではいい思い出だ。


 このソファの硬さも、ガヤガヤとして雑多な雰囲気も、今ではあまり縁の無い生活になっちゃったからちょっぴり哀愁を感じる。


「もう注文は決まった?」


「あ、はい。大丈夫ですよ」


「おけ」


 ——ピンポ~ン♪


「越後製菓ッ!」


「‥‥‥は?」


「あっ‥‥‥」


 やべっ、ついいつもの癖で‥‥‥。


「え、なに今の」


「あ、え~と、その、ボタンが押された音がすると反射的に出てしまう身体になってまして」


「全然意味わかんないんだけど」


「ですよね~‥‥‥」


 九条さんが何か珍妙なものを見るような視線を向けてくる。絶対変な子だと思われてるよなぁ‥‥‥。


 それもこれも姉ちゃんのせいだ。いつもファミレスに来た時にボタンを押して音がなったらどっちが早く越後製菓を言えるかゲームなんてやってたから。


 九条さんから目を逸らしてると注文を取りに来た店員さんがやって来た。


「ご注文をお伺いします」


「九条さん、どうぞ」


「ん、ミラノ風ドリアで」


「僕はナポリタンとマルゲリータピザ、シーザーサラダ、コーンスープ、あとフォッカチオで食後にティラミスとバニラアイスでお願いします。九条さんはドリンクバーは付けませんか?」


「‥‥‥。じゃあ付ける」


「それとドリンクバー二つで」


「はい。以上でよろしいでしょうか? それではご注文を繰り返します。ミラノ風ドリア一つ、ナポリタン一つ、マルゲリータ——」


 注文を取り終わると店員さんが戻っていく。


 店員さんを見送って九条さんをチラリと見ると、なんだかやっぱり珍妙なものを見る目で見られてる。もう、そんなに見られてると変な性癖を覚えちゃうぞ。


「あんた、食べすぎじゃない?」


「え? そうですか? ここに来るのも久しぶりですし、味を堪能しておこうと思いまして」


「堪能するほどのものじゃないと思うけど」


「まぁ、それはそうですけど、こういうものだと思って食べれば美味しいですよ」


「そう? それならいいけど、ただそんなに食べると思ってなかったからうちの手持ちで足りないかも。ファミレスじゃ附けなんてできないし」


 そう聞いて思わずキョトンとしてしまう。


 というかファミレスで附けって、なんだかパワーワードだな‥‥‥。


「あ、もしかしてドリンクバーを追加させちゃったから足りなくなってしまいましたか? それくらいなら僕が払いますけど」


「そうじゃなくてさ、あんた財布持ってきてないじゃん」


「あぁ、そういう」


 そう言えば、まさか校舎裏に呼ばれて外に出るなんて思って無かったから何にも荷物は持ってきてなかったな。しか~し!


「ふっふっふ! 大丈夫ですよ! ちょっと待ってください」


 そう言って、足元に屈んでローファーを脱ぐ。そのまま中敷きを取り出した。


 ご令嬢としてはちょっとはしたない振る舞いだけど、まぁこんなところで僕たちの知り合いとか、見られて気にするような人もいないし大丈夫だろう。


 そして、中敷きに隠しておいた五千円札を取り出す。


「じゃじゃ~ん! 実はお金、持ってます!」


「え、どこから?」


「こんなこともあろうかと僕はいつも靴の中敷きの中にいくらか入れてるんですよ。海外旅行に行った時に役立つライフハックです!」


「ここ日本だし、ドヤ顔で言うことじゃないと思うんだけど。それになんか臭そう」


「ちょっ! なんてこと言うんですか! 僕の足、臭くないですよ!」


「でもなんか臭いそうじゃん」


「そんなに言うなら嗅いでみてくださいよ!」


「イヤだよ」


「ほら! 嗅いでみて! 臭くないから! ‥‥‥まぁ、体育のあとでしたし、ちょ~っとだけ触った感じ湿っぽいですけど」


「うわっ! やめろ! こっち向けんな!」


「ほれっ、ほれっ!」


「ご注文お待たせしました!」


「「——っ!?」」


 しばらく九条さんと攻防を続けていたところに店員さんの声がかかってびくりとした。なんだか店員さん、笑顔だけど目が全然笑ってない‥‥‥。


「ご注文は以上でよろしいですか? 食後にデザートを頼むときはまたお呼びください」


「「‥‥‥」」


 店員さんはそう言うとまた忙しそうに去って行った。


「‥‥‥ちょっと悪ふざけが過ぎましたね。食事時にすることじゃありませんでした」


「‥‥‥そうね」


 久しぶりの馴染みの場所で、あまり令嬢らしくなく普通の女の子っぽい九条さんだとつい令嬢の振る舞いを忘れそうになる。


「とりあえず、料理も来ましたしドリンクバーを取りに行って食べましょうか」


「‥‥‥ん」


 でも、こんな風に完全な自然体でいられる九条さんとの空気感はとても楽しい。

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