第71話 九条さんをお昼に誘いたい リベンジ
土日あくる月曜日。
庶民部の事とか問題はあるけど、それは放課後に置いておいて、今日の僕はとあるリベンジに燃えていた。
そう、九条さんと仲良くなるためにお昼ご飯を一緒にするリベンジを。
思えば長い道のり‥‥‥でもないけど、普通にお昼に誘いたいだけなのに随分と遠回りをしてきた気がする。
一度目は麗華に阻まれ、二度目は体力テストで仲良くなったと思ったのに振られた。だからこその三度目の正直!
土曜日に一応テーブルマナーについては見てもらったし、静かに食べたいという九条さんの意をくんで麗華と美琴ちゃんには先に言って今日は遠慮してもらうことになってる。
つまり我が方に死角なし! あとは突き進むのみである! ‥‥‥なんだけど。
「はぁ‥‥‥。結局、誘えずじまいで四時間目まで来てしまった‥‥‥」
いや、何度となく誘おうとしたんだよ? ただ、タイミングが合わなくて。
朝に会っていきなりお昼を誘うのはちょっと違うし、授業中は授業の邪魔をしたくない。そしてこういう日に限って移動教室の授業が多くて、休み時間も話す機会がなかった。
まぁ、言い訳のしようはいくらでもある。結局のところまたきっぱりと断られたらどうしようと思って僕がビビってるだけかもしれない。
三度目の正直っていう言葉があるように、二度あることは三度あるとも言うんだから。
「はぁ‥‥‥っと、やばっ!」
ため息交じりにシュートを打ったからだろう。僕が打ったボールはリングに当たって大きく跳ねて行った。
ちなみに今日の四時間目の授業は体育で内容はバスケットボールだ。
まだまだ始まったばかりでとても試合ができるようなレベルでもないため、リングがあるところに分かれてシュートの練習をしている。
「徳大寺シュートですわっ! ——って、どこ行くんですの! ボール!」
「え、えいっ! ‥‥‥うぅ、届かない‥‥‥」
あらぬ方向にぶっ飛ばす麗華。そもそもゴールネットにすら掠りもしない美琴ちゃん。‥‥‥試合ができるようになるのはまだまだ先みたい。
そんなことを思いながらボールが転がった方へ取りに行こうとしたとき、ふいにそのボールが飛んできた。
「わわっ! ‥‥‥って、九条さん?」
「‥‥‥ん」
慌ててキャッチして飛んできた方に顔を向けると、そこにいたのは九条さん。
どうやらボールは九条さんの方に飛んで行ってたみたい。
「ありがとうございます」
「あいよ」
相変わらずのぶっきらぼうでそう言うと、九条さんはシュートを打ちに戻ろうとする。
その後ろ姿をぼんやり見つめてると、ハッ!とした。
これはチャンスだ! もう四時間目だし、今回は向こうの方から声をかけてくれた。ここで踏ん切りをつけないと、またあーだこーだと先延ばしにしていつになるかわからない!
「よ、よし!」
すぅ~っと軽く息を吸って、覚悟を決める。
「く、九条さん!」
「‥‥‥なに?」
うっ‥‥‥。やっぱり九条さんのこの威圧感はビビる。容姿が美しいからこそ、その圧力が増してる気がする。
でも屈しないぞ! ここで九条さんをお昼に誘うんだ!
「お、お昼を一緒に食べませんか!」
意を決してそう言うと、九条さんの瞳がスッと鋭くなった。
これは、やっぱり断られるかな‥‥‥。そう思ってると。
「は? 何でうちが——」
「‥‥‥?」
九条さんが言いかけた言葉を止めて、少し考える仕草を見せた。
その様子を不思議に思ってると、今度はまるで挑発するような視線を向けられる。
「気が変わった。あんたの誘いに乗ってもいいよ」
「え! 本当ですか!」
思わず飛び上がって喜ぼうとして‥‥‥手のひらを前に出されて止められる。
「ただし、うちに勝ったらね」
「‥‥‥はい?」
「ちょうど退屈してたところだし、あんたなら楽しめるでしょ」
■■
よくわからないままに、僕は九条さんと向かい合ってハーフコートに立たされてる。
「一対一。二点先取」
なるほど。つまり、私とメシを食いたければ私を倒していけ! ということだね!
僕も久しぶりのバスケなのにシュート練ばかりでちょっと退屈してたし、運動神経抜群な九条さんとならいい勝負ができそう。
「わかりました! やりましょう!」
「そうこなくっちゃね。まずはあんたから」
どこか楽しそうにニヤリと笑った九条さんが、ワンバウンドでボールをパスしてくる。
それを受け取って勝負開始。
ダムッ、ダムッとボールを付く僕の前に、九条さんが油断なく対峙してくる。
ただボールを追うだけじゃなく、僕の身体の動き全体を見られてるこの感じ。きっと普通に抜くだけだと九条さんのフットワークじゃあすぐに追いつかれるだろう。
「ふむ‥‥‥」
バスケットボール、特に1on1で大事なのは演技力だ。いかに相手に不意をつかせるか、それとも隙を作らせるか、それが勝負を決めるカギになる。
「いきますね!」
軽く宣言をしてから腰を落として左に踏み込む。ボールは隙を見せるように少しだけ大きく前へ——来い!
ダムッ——ダンッ!
「ふっ!」
「なっ‥‥‥!」
自分の方に来たから取れると思ったんだろう。
九条さんがボールに手を伸ばして取りに来た瞬間、逆の手で強く切り返して右に抜き去る。シャムゴット!
あとはがら空きになったゴールに向かって一直線!
「まずは一点!」
シュートモーションに入って、一歩、二歩、三歩。
そのままレイアップシュートを決めようとした‥‥‥が。
「らぁっ!」
「——っ! 早すぎ!」
後ろから迫ってきた影が、今僕の手から離れようとしてるボールに手を伸ばした。
完全に置いてきたと思ったのに戻ってくるの早すぎるでしょ! でもまだ間に合う! まだ僕の手からボールは離れてない!
九条さんの腕をかいくぐるようにして回して、そのまま後ろ向きにボールを放る。ダブルクラッチからのレイバック。
放ったボールはパサリとネットを鳴らしながらゴールに落ちた。
「まずは一点!」
「近衛‥‥‥ははっ」
攻守交代。次のオフェンスは九条さん。その顔にはどこか不敵で楽しそうな笑みが浮かんでる。
「行くよ!」
「だから早い!」
ボールをパスした瞬間、へジテーションからの鋭い右の踏み込みで抜きにかかってくる。
油断はしてなかったけれど、ついて行くのがやっとだ。
さっき大事なのは演技力って言ったけど、フットワークで優ってるのならそもそも無駄なテクニックなどいらない。抜群の運動センスに体格も優れてる九条さんはまさにその典型だろう。
それでもなんとか追いついて九条さんを止める。
次はどう来るか。また鋭く抜きに来るのか、それとも九条さんならパワードリブルで詰め寄ってくるのもある。それか僕より高い身長を活かしてそのまま打つか。
そう思ってどれでも対処できるように構える。
そして九条さんが右に一歩踏み込んだのを見て反応した瞬間。
「もらい!」
「なっ‥‥‥」
クルリとターンをして僕を避けると、そのままシュートモーションに入った。
慌てて手を伸ばすけど、後方へ飛んでいたのか届かない。
ロールターンからのフェイダウェイ。放物線を描いたボールはリングに当たることなく綺麗に入った。
「ふぅ‥‥‥さすがですね」
「あんたもね。でも次は止めるから。最後はうちで終わり」
「それはどうでしょう? 九条さんの番は来ないかもしれませんよ?」
「「あははっ」」
お互いに挑発し合って、思わず笑い合う。
別に嘲笑したわけでも喧嘩してるわけでもない。ただちょっと熱くて楽しくなってきただけだ。
九条さんからボールを受け取って三試合目。これで僕が決めれば僕の勝ち。
だからちょっと魅せちゃおうか。
九条さんからパスを受けてボールを突く。
右フェイクからの左ドライブ。低い姿勢で鋭く切り込んだものの、持ち前の瞬発力ですぐに回り込まれた。
一度態勢を直してバックビハインド——に見せかけたバックインアウトで右から抜け‥‥‥ない!
あっという間に追いつかれて止められてしまった。
きっと僕のフェイクを最大限警戒してるんだろう。たとへ引っかかってもすぐに追いつけるようにか、九条さんはさっきよりも少し離れてる気がする。
「ならっ!」
キュッと靴を鳴らしてドライブで惑わすようなロッカーモーション。そのまま大きく後ろに距離を取る。
足元にはスリーポイントライン。流れるようなシュートモーションでボールを放つ。
打った瞬間、確信した。これは入る!
「決まった!」
「——まだだ!」
「えぇっ!?」
しかし、本当にどんな身体能力をしてるのか、またしても追いついてきた九条さんがブロックするために飛び掛かる。
伸ばされた指にボールが掠るように触れた。
微妙に軌道がずれたボールはリングに当たりバウンドして。
——パサリ。
転がるようにゴールを潜った。これは‥‥‥。
「「‥‥‥」」
今のは完全にまぐれだ。リングの中と外、どっちに落ちてもおかしくなかった。
一応僕の勝ちになるけど、こんなのじゃ納得できないんじゃないか? 少なくとも僕はもっと確信が持てる勝ちが欲しい。
「九条さん、今のは無しにしてもう一度——」
「「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ~~~~っ!!」」」」」
僕がそう言いかけた瞬間、体育館中から轟くような歓声が響いた。
勝負に夢中になっていて気が付かなかったけれど、僕たちはかなりみんなに注目されていたみたい。
九条さんもそんなギャラリーの様子を見て、フッと身体から力を抜く。
「はぁ~、負け負け。今回はうちの負けだよ」
「え、でも」
「いいよ、もともと二点先取ってルールだし。それにこれ以上はこんな注目されてできない」
「まぁ、確かに。そういうことなら」
「‥‥‥ん。じゃあ校舎裏で」
「え‥‥‥?」
こ、校舎裏!? な、なぜに!? もしかして僕、絞められるの!?
「なんか変な想像してるでしょ。そうじゃなくて、お昼ご飯食べるんでしょ?」
「あっ、なんだ。てっきり‥‥‥」
「何? やっぱり食べない?」
「食べる! 食べます! 食べさせてください!」
「じゃあ、そういうことで」
九条さんはそう言うと、手をひらひらと振って離れて行く。
僕は思わずその背中に声をかけた。
「九条さん! またしましょうね!」
「‥‥‥ん」
やった! やったやったやった! ついに念願の九条さんと一緒だ!
「でも、校舎裏って‥‥‥なぜ?」
「澪さま! すごかったですわ!」
「み、澪ちゃん! バスケ、すっごく上手!」
「わっと、二人とも」
その後、体育の授業が終わるまで、麗華と美琴ちゃんにバスケを教えながら、校舎裏に呼ばれた理由を考えていた。
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