第60話 課題その1

「さてと、このままお喋りもいいけれど~、せっかく体験入部に来てくれたんだし何かしましょ~!」


 ブルジョワトークがひと段落ついたところで柚葉さんがそう言ってパチンと手を叩いた。


「何するんですか?」


「ふっふ~、みんなの庶民度を測るのよ~」


「庶民度?」


「庶民度はね~、どれくらい庶民の生活に馴染みがあるかの度合いのことよ~。今からみんなには三つの課題に挑戦してもらって、それを見て庶民部の部長である私が独断と偏見で測ります!」


 独断と偏見て‥‥‥。でも、どんな課題かはわからないけど、ちょっと面白そうかも。


「いいですわ! 数々のアニメや漫画に触れてきたこのわたくしに死角などなし! 立派な庶民になってみせましょう!」


 いやいや、麗華が庶民になっちゃダメだろ。あと、自信の源が根拠にならない‥‥‥。


「も、もしも美琴たちの関係がバレた時のためには必要かも‥‥‥。頑張ろうね、澪ちゃん」


 美琴ちゃんも結構ノリ気みたい。というかバレた時って、何が? あとこの握ってくる手は‥‥‥ぎゅっ!


「ふっ、私はメイドですよ。この中の誰よりも庶民に精通しているに決まっているじゃないですか」


 確かに。紗夜なら家事とか一番慣れているだろうしね。


「澪ちゃんはどうする~? 抵抗があるなら無理にとは言わないわ~」


 この中だと家格が一番高いのが僕だからか、柚葉さんがそう言って気遣ってくれる。が、それは無用な心配ですよ。


「いえ、もちろん僕もやります」


「わかったわ~! それじゃあまずは最初の課題からね~。少し準備があるからみんなはロータリー広場の端の方で待っててね~!」


 ということで、庶民部の体験として柚葉さんの言う庶民度を測るため、僕たちは外に出ることになった。



 ■■



「み、澪ちゃん、一つ目の課題ってなんだろう? ロータリー広場ってことはここで出来ることってことだよね」


「う~ん、いくつか思い浮かぶけれど、これって決められないです」


「わたくしは分かりましたわ! きっとハイヤーの手配をするのです!」


「いやいや、普通の人はハイヤーなんて乗りませんよ」


「えっ!? そうなのですか!?」


 ハイヤーを普通だと思っているのか‥‥‥。やっぱり価値観の落差が大きい。


 でも確かに、思い返せば生まれ変わってから普通の交通機関を使ったことがない。麗華たちも全く縁がないのかな。飛行機とかならあるかもだけど、それも徳大寺家くらいならば自家用ジェットくらいもってるはずだし。


 柚葉さんがどれくらいの庶民の生活を想定しているのかわからないけど、せいぜいタクシーくらいまでが庶民としての普通じゃないかな?


 まぁ、れいだった時の僕からしたら、タクシーでも気後れしちゃうけど。


 そんなことを思っていると、どこからかチャリンチャリンと、久しく聞いていなかった馴染みのある音が聞こえた気がした。


「澪さま、どうやら来たようです。ですが、あれは‥‥‥」


 なにやら音がする方を見て唖然とする紗夜にならって顔を向けると、その先には確かにびっくりする光景が広がっていた。


 みんなもそれを見て呆然としている間に、柚葉さんは僕たちの目の前まで来て「キキーッ!」と、音を出して止まる。


「みんな~! 待たせたわ~!」


「‥‥‥これは、自転車ですか?」


「そうよ~! 一つ目の課題はこの自転車、ユズハ号に乗ってもらうことよ~!」


 なんと柚葉さんは自転車を漕いでやってきたのだ。しかもまさに庶民の主婦の愛車であるママチャリで、律儀にヘルメットまでつけてる。あと、ママチャリに名前つけてるんだ‥‥‥。


 思った以上に庶民的だけど、麗華たちは大丈夫なんだろうか。


「これが自転車ですのね。いつも見ることははありましたが乗るのは初めてですわ」


「これ、結構難しいよね? 美琴にできるかな‥‥‥」


「うっ‥‥‥自転車ですか‥‥‥」


 意外にノリ気なのか物珍しそうに見る麗華。不安そうにしてる美琴ちゃん。なぜか渋い反応をした紗夜。


 解釈一致で、やっぱりお嬢様だから自転車なんて乗ったことはなかったみたい。


 しかし、そうなると楽々と漕いできた柚葉さんは結構凄いのでは? さすがは庶民部の部長といったところか。ちょっと見直したかも。


 にしても自転車かぁ‥‥‥。


「それではさっそく~、と言いたいところだけど、みんな自転車に乗るなんて初めてよね~? コツを掴んだら簡単だけれどいきなりやるのは危ないし~、まずは跨って地面を蹴って進むところから始めましょ~」


「まずは僕がやってもいいですか!?」


「も、もちろんいいけれど~‥‥‥。澪ちゃん、いやに張りきってるわね~?」


「はい! ちょっと血が騒いでしまって」


「ど、どんな血かしら~‥‥‥」


 もちろん、庶民の血ですとも。


 なんというか、久しぶりに見る自転車に、しかもそれに乗れるってことで僕もテンションが上がってきてしまった。


 柚葉さんからハンドルを受け取ってサドルに跨る。


 あぁ‥‥‥、お尻を固く押し上げてくるこの感じ。沈むほど柔らかいシートもいいけれど、この座り心地は帰って来たって感じでお尻が落ち着く。


「はい、澪ちゃん。ヘルメットは被らないとだめよ~」


 柚葉さんから通学でおなじみのあのだっさい白ヘルメットを渡される。懐かしい。一応学校指定だったけれど、これを被っている人はついぞ見なかったな。


「‥‥‥えっと、被らなきゃダメですか?」


「ダメです~!」


 ダメだった。柚葉さんに言われちゃあ被らないわけにもいかないので——装・着☆


「似合ってます?」


「バッチリね~!」


「似合っ——丸いですわ!」


「澪ちゃん‥‥‥キノコ仲間だね‥‥‥」


「天下の近衛家の澪さまともあろうものが‥‥‥——ぷっ」


 ‥‥‥聞かなきゃよかった。あと、紗夜の時はお腹抱えて笑ってやる!


 紗夜にジト目を向けていると、胸を張った柚葉さんが意気揚々と前に出て来た。


「さて~、さっそくだけどまずはブレーキの位置なんだけどね~——」


「それじゃあ、まずは一周してきますね」


「——最初は難しいかもだけど~、私も半年くらい練習して‥‥‥え?」


 柚葉さんには申し訳ないけど、なんか長そうだし、はやく自転車で風を感じたかったから出発させてもらうことにした。


 ペダルに体重をかけると、そんなに力をいれずにグインッとスピードが出る。ママチャリだけど、部品や手入れが良いのかも。


「おぉ~~、このママチャリを乗る感じ、染みるな~‥‥‥」


 れいの時は通学がチャリだったし、よく歌いながらのんびり自転車こいで帰ってたっけ。そんで、誰もいないと思って歌ってたのに、後ろからロードバイクのお兄さんがビューンて後ろから駆け抜けてって恥ずかしい思いしてた。


 あとあれだ、地元の悪ガキとレース勝負したり、姉ちゃんと二ケツして夕日が沈む河川敷で青春ごっこしたり。少女漫画とかでよく後ろに乗る女子が横座りしてるけど、あれって体重が偏るからかなり難しいんだよね。


 そんなことをぼんやりと思い返しながら走っていると、あっという間に一週目が終わるところだった。


「わ、私の半年は~‥‥‥?」


「きゃ~! さすが澪さまですわ!」


「澪ちゃんすごい!」


「な、なんで澪さまが乗れるんですか‥‥‥」


 手を振ってくる麗華たちに振り返したりなんかしつつ二周目へ。てか、自転車に乗るだけであんなにリアクションしてくれるとは。


 なんかこんなことで褒められてもむず痒いし、二周目はちょっとパフォーマンスしよっかな。


「久しぶりだし、ママチャリだけど、勘が鈍ってなければ——よっと!」


 グイッと前輪を持ち上げて、フロントアップを維持したままペダルを漕いで後輪だけで走る。いわゆるウィリー走行だ。


「「「「えぇぇぇぇぇ~~~っ!?」」」」


 みんなの方から驚愕する声が聞こえてくる。


 本当はもっといろいろ見せてあげたいけど、ママチャリで無茶しすぎるとすぐにタイヤがダメになっちゃうからね。


 ——キコキコキコキコ。


 ‥‥‥しかしまぁ、やっぱりママチャリでウィリーしても締まらないな‥‥‥。絵面が絶対にマヌケだ。あんまり気は進まないけど、お父様にも言われたしロードバイクかBMXでも買おうかな。


 途中何度かバランスを崩しそうになりつつも、なんとか最後までウィリーで二周目を終えられた。


 ヘルメットを外して自転車から降りるとみんなが駆け寄ってくる。


「澪ちゃん! 師匠と、自転車の師匠と呼ばせて~!」


「柚葉さん!?」


「なんですかあれは! すごいです!」


「あれはウィリー走行って言ってですね・‥‥」


「澪ちゃんかっこよかったよ!」


「今度はもっとかっこいい技を見せてあげますね」


「‥‥‥澪さま、いつの間にあんなことを? 私が知る限り、澪さまが自転車に乗った記憶はないのですが」


「あ~‥‥‥」


 もちろん、前世でママチャリ飛ばしまくって、一時期BMXにハマってました‥‥‥な~んて言えないしなぁ。


 どう誤魔化そうと葛藤する僕に、紗夜がジトーっとした疑いの目を向けてくる。


「え~っと、あ~っと‥‥‥やったら、できちゃったっ☆」


「「「「——さすみおっ!!」」」」


 なんか略された!?

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