第59話 庶民部のルール
「それで、柚葉さんはどうしてここにいるんですか?」
ある程度お茶会も進んで、紅茶で一息ついてから気になってることを聞いてみた。まさかまさか、三条家のお姫様のような人が庶民部なんてこと‥‥‥。
柚葉さんはキョトンと首をかしげると、何でもない事のようにひと言。
「どうしてって、私はこの庶民部の部長ですもの~」
「「「「えっ!」」」」
「しかもしかも何を隠そうこの庶民部を作ったのは私なのよ~。えっへん!」
ドヤ顔で胸を張る柚葉さん。本当にそのまさかだったとは、しかも部長で創部者。
それから柚葉さんはどうして庶民部を作ったのかということを話してくれた。
「私、昔から普通の庶民的な生活に憧れていたの~。それに世間知らずという自覚もあったから高等部の進学を機に色々と体験したくてこの部活を作ろうと思って」
ほぉ~、なんというか、また違ったタイプのご令嬢だ。庶民な生活に憧れるお嬢さまってフィクションではよく見るけど、未だに会ったことなかったから。
でも、その志は結構立派だと思う。みんなも関心したように柚葉さんを見つめていた。
「ところで、みんなはどうしてこちらに~?」
んんっ? この時期に部室に来る一年生なんてわかりきったものだと思うけど‥‥‥。
「えっと、僕たちは体験入部をしにきまして」
「なるほど~、体験入部‥‥‥。——体験入部っ!?」
僕の言葉にハッとした反応をする柚葉さん。そして途端にアワアワし始める。
「ど、どど、どうしましょう! すっかり忘れてたわ! 部活を作る時に名前を貸していただいた人たちはすでに辞めてしまって、勧誘しないと私一人になっちゃうわ!」
「ゆ、柚葉さん?」
「今からロータリーに行って間に合うかしら? うぅ~、澪ちゃんどうしよう!」
すっかり我を忘れてしまったのか、柚葉さんは僕の肩を掴むとグラグラと揺らしてくる。
「このままじゃ一年間私一人だよぉ~!」
すっかり涙目になって悲観に暮れてしまった柚葉さん。
なんというかさっきまで優雅に紅茶を嗜んでいた姿とは雲泥の差である。
「まだ数回しか会ったことないんですけど、柚葉さんってこんな方でしたっけ?」
「そうですわね‥‥‥。普段は立派な令嬢で、わたくしたちにも親しくしてくれますけど」
「ちょ、ちょっとだけ天然さんだなって思うことはあるかも。でもでも、そういうところも可愛いって年上の人たちが言ってたような」
「つまりは澪さまと同じポンコツです」
「おいっ」
僕は柚葉さんとはパーティーでの挨拶くらいでしか接点がなかったからみんなにどんな人か聞いてみたんだけど、思ったより散々な言われようだった。
でも、そこに軽蔑のような感情は無くて微笑ましいといった感じだ。まるで親戚の姪っ子を見るみたいな。
とりあえず、このままじゃ先に進まないから、僕たちが来た要件を伝えよう。そしたら柚葉さんも立ち直るはず。
「柚葉さん、柚葉さん」
「うぅ、澪ちゃん‥‥‥?」
「僕たち、体験入部に来たんですけど」
「体験入部‥‥‥どこの~?」
「庶民部の」
「麗華ちゃんも美琴ちゃんも紗夜ちゃんも?」
「そうですよ」
「体験、してくれるの~?」
「はい!」
しっかりと頷くと、柚葉さんは感極まったように瞳を潤ませて、大きく腕を伸ばして抱き着いてきた。
「っと!」
「ありがとぉ~! お姉さん、みんなのこと好きだよぉ~っ!」
■■
柚葉さんが落ち着いて、改めて庶民部の活動を説明してもらう。
「改めまして、庶民部にようこそ~! 私が部長の三条柚葉よ~! 庶民部は主に庶民的な体験をして世間一般の生活を身近に感じることが活動内容になるわ~。私たちは世間から見れば特殊な家だから、一般的な人たちがどういう生活をしているのかを知ればきっと将来役に立つわ~!」
柚葉さんの説明を聞いて、みんなは凄く納得したような表情を浮かべてる。
僕にとっては、庶民的な体験ってワードに改めてなんだか遠いところにきたな~って感じだ。
「そしてこれが重要なことなんだけどね~。庶民部は活動するにあたって絶対厳守のルールが三つありま~す」
柚葉さんが三本の指を向けてくる。
「ルールですか?」
「そうよ~。といってもそんなに厳しいものじゃないから安心して。まずは一つ目だけど、庶民部の活動中は家の柵や家格や立場の上下関係を持ち出さないこと」
ふむ、これは別に庶民部に限ったことじゃないね。そんなことをいちいち気にしていたら健全な部活動ができなくなるし。
「二つ目、家の力はあてにしないこと。例えば部費を増やしたいから家に寄付金を増やしてもらうといったことはダメよ」
なるほど。確かに僕たちの実家が何かしようとすれば、基本的になんでもできちゃうからね。それに柚葉さんが例に出した部費の増加するための寄付金なんて、この学園だとどの部活もやってることだけど、普通の学校じゃあできないし。
「三つ目、自分たちのことは自分たちでやること。この部室において使用人の入室は禁止よ」
あぁ、だからさっきは柚葉さんが手ずから紅茶を入れてくれたんだ。普通ならそういったことは使用人に任せることなのに。
自分のことは自分でやる。当たり前のことだけど、本気で出来てるって人はあまりいないと思う。
特にこの学園に通っている人たちなんて顕著で、中には自分で着替えができない人や、お風呂に入れない人みたいな思いっきり生活を任せてしまっている生粋のお貴族様みたいな人もいるくらい。
だからこそ、この学園は使用人を連れてくることも認められている。麗華のじいやなんかがそうだね。
まぁ、麗華は基本的に自分のことは自分でできるから、じいやはあくまでお手伝いさんって感じだけど。
ちなみに僕の使用人は紗夜になるけど、学園にいる間は学生ってことになっているから問題ないはず。
しかし、生粋のお嬢様であろう柚葉さんが部長ってことでどんなものか心配だったけど、結構本格的かもしれない。
少なくとも元庶民の僕から見ておかしなところはないかな。
「ざっとこんな感じだけれど、なにか気になることがある人~?」
「はいですわ!」
「麗華ちゃん」
「二つ目のルールがどこまで適用なのかが気になりますわ。例えば、わたくしはお父様から自由に使えるクレジットカードをもらってますけど、それは厳密に言えばお父様が稼いだお金ですから、カードを使うことは家の力になるのでしょうか?」
おぉ‥‥‥。麗華、本当にちゃんとしてる。
そうだよね。僕も好きに使っていいからねってクレジットカード渡されてるけど、だからってそれでなんでもかんでも欲しいものを買って無駄遣いするのは違う。
渡されてるのがブラックカードで、なんだか恐れ多くて全く使うことがなかったけど、これからも自重して本当に必要な時しか使わないようにしよう。
お嬢様なのに、自分に厳しい麗華のことを凄いなぁって思いながら紅茶に口を付けていると、柚葉さんが麗華の質問に答える。
「そうね~それは麗華ちゃんのお小遣いってことだから、上限を超えなきゃオッケーよ!」
‥‥‥え?
「それならよかったですわ! 毎月半分くらい使わないとお父様に心配されますので、助かりますわ!」
……えぇっ!?
「麗華ちゃんも? 私も親にもっと使いなさいって言われててね~。でも、あんまり欲しいものもないから、実はここにある家具とかは私が買ったのよ~」
「美琴、今月まだ全然使って無くて‥‥‥どうしよう」
「それなら駅前になるネイルサロンなんていいですわ! 美琴も高等科になったのだからもっと自分を磨くべきでしてよ! 澪さまは何に使ってますの?」
「ふふぇっ!? あっ、え~っと‥‥‥く、クラウドファンディング、とか‥‥‥?」
「まぁ! さすが澪さまですわ!」
「なるほどね~、そういうのもいいかも~」
「美琴もちょっと調べてみようかな」
び、びっくりしたぁ‥‥‥。なんか庶民部なのに、あまりにも庶民とはかけ離れたことを言われたから、咄嗟にでてこなかったよ。
にしても、うん。やっぱりお嬢様はお嬢様なんだよなぁ‥‥‥。この庶民部、大丈夫だよね?
それぞれスマホを見せ合いながら、これが高いあれが豪華とどれが一番お金が使えるとかなんてブルジョワな会話をする三人を見ながら、僕は遠い目をしていた。
「澪さま。そういえば旦那様から言付けです。『澪ちゃん、カード全然使ってくれないけど、パパのこと嫌いになっちゃったの‥‥‥』と、寂しそうな顔で言ってましたよ」
「‥‥‥」
やっぱり僕にはお嬢様は無理かもしれない。
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