第58話 庶民部


「やばかったですね、占術部‥‥‥」


「やばかったですわ‥‥‥」


「う、うん。やばかった‥‥‥ね」


「やばかったですが、ちゃんと認められてはいますよ」


 確かに紗夜の言うとおり、いくら雰囲気がやばそうでも、ちゃんと正式に部活としてあるんだから詐欺なんかじゃなくてちゃんとしてるんだろう。とてもそうは見えませんでしたが‥‥‥。


「占ってあげますよ。最初は初回限定でサービスしますから。私の占いを受ければ明日から毎日がハッピーですよ。あ、ちなみに名前占いなので、この欄に名前を書いてもらいますね」


 なんて言って署名を求めてくる土御門さんから半ば逃げ出すように飛び出して、僕たちは次の部活の部室を目指している。


 しかしまぁ、闇鍋とはよくいったものだ。真っ当っぽい部活でも、中を見てみればそこに何が広がっているのかわからない。これは次の部活も警戒したほうがいいか?


 そんなことを思っていると、目的地にたどり着く。


 この部活は僕が気になった部活で、パンフレットを見つけた時に僕のシックスセンスがビビッときたのだ。ここでならきっと僕の学園生活の安寧が保たれるって。


 その部活とは。


「みんな、僕が気になってたのはここ。庶民部です!」


 そう、僕が見つけたのはパンフレットの一番下にあった『庶民部』の名前。まさしく庶民の心を持っている僕に相応しい。

 

「ここが庶民部‥‥‥。なんかチープですわ」


 まぁ、庶民部だしねぇ。


「み、美琴はちょっと落ち着くかも。かどっこだし、目立たなそうで」


 その気持ち、ちょっと分かるよ美琴ちゃん。


「ふむ、ここは穴場かもしれません。いざというとき澪さまを連れ込んでもバレずに‥‥‥」


 さ、紗夜、連れ込んでどうするつもりだ‥‥‥?


 と、みんなの三者三様の反応を見た通り、庶民部の部室はこじんまりとしていて、しかも部室棟最上階の一番端ということもあって人通りも少なく目立たない。


 ここに来る時に見た他の部活に比べても、その差は一目瞭然で明らかに部屋のランクは低いのが分かる。


 この様子から見るに庶民部の部活としての実績はあまりないのだろう。


「澪さま、本当にこの部活でいいのですか? 澪さまにならもっとふさわしい部活があると思いますけど」


 麗華が少し渋い顔をしてそう言ってきた。


 生粋のお嬢様である麗華からしたら庶民部は明らかに寂れていてあんまり気が進まないのかな。


 けど、僕からしたら部活動くらい落ち着いて取り組みたい。この学園に来てからというもの、女王様にさせられてたりして気が休まらないし。


 それが近衛家の令嬢としての宿命だとしても、やっぱりまだ中身は庶民な訳で。庶民部と銘打っているこの部活なら、きっと居心地がいいはず。それはこの部室を見てますます思った。


「う~ん、麗華はあまり気が進みませんか? もし嫌なら無理に付き合わなくても」


「いえ! そういうわけではありませんわ! たとへ火の中、水の中、宇宙の果てまでもわたくしは澪さまにお供しますわ!」


「そんな過酷なとこはいかないよ!?」


 ぶんぶんぶんとツインテールを振り回す麗華に思わずツッコむ。


「でも、麗華が一緒にいてくれるなら心強いです」


「澪さま‥‥‥。はいっ! この徳大寺麗華に万事お任せください出すわ! お~ほっほっほ!」


 ニコリと微笑みかけると、麗華はいつもみたいに高笑いをあげた。


「み、澪ちゃん! 美琴もずっと澪ちゃんと一緒にいるからね!」


「何言ってるんですか。澪さまの傍にいつのは、メイドである私の役目でしょう」


「えっと、二人もありがとう」


 さて、いつまでも部室の前にいてもしかたないし、そろそろ入ろう。


 テンションの高い麗華が先陣を切るように前に出て、庶民部のドアを開ける。


「失礼いたしますわ!」


 麗華に続いて部室に入ると、その先は短い廊下になっていて左右に個室らしき部屋のドアが二つ。それから奥に続く扉があった。


 奥に進んでその扉を開くと、庶民な僕にとってはどこか落ち着く温かな日向と、嗅ぎなれた紅茶の香りがふんわりと漂ってきた。


 だいたい八畳くらいの広さで小さな箪笥や本棚、ローテーブルやテレビ台などが置かれており、まるで一人暮らしのワンルームみたいな部屋だ。とても庶民っぽい、さすが庶民部。


 ただ違和感があるとすれば、二人掛けソファーに座って優雅に紅茶を嗜んでいる令嬢だけがこの部屋で一番浮いていると思った。


 その令嬢が僕たちが入ってきたことに気づいてゆっくりと顔をあげる。


「あら~? 誰かと思ったら麗華ちゃんじゃないですか~。それに美琴ちゃんに紗夜ちゃん、そして澪ちゃんも、いらっしゃい」


 名前を呼ばれて、すぐにこの人が知っている人だと気が付いた。


 ふんわりとウェーブのかかった茶髪に、優しさを湛えた大きな垂れ目の瞳。どこか浮世離れした雰囲気を纏うこの人は、僕たちの一つ上の先輩で。


「「「ゆ、柚お姉ちゃん!?」」」


 そしてみんなのお姉ちゃん。三条柚葉さんじょう ゆずはさんだ。



 ■■



 柚葉さんの三条家は少々特殊な立ち位置の家である。


 華族だった時の家格は清華家で、麗華の徳大寺家や美琴ちゃんの西園寺家と同格であるものの、その影響力はかなり大きく近衛家や九条家に並ぶとまで言われている。


 というのも、近衛家や九条家は派閥や門流といった形で縦に強い影響力を持つのだけれど、三条家は横に強い影響力を持っており、家としての力は計り知れない。お父様からは敵に回してはいけない家として教えられている。


 そんな三条家が横の影響力を強めた要因が縁戚関係だ。三条家は古くからずっと様々な家と婚姻を繰り返しており、今ある堂上家の家系図を調べれば必ずどこかで三条家の人間の名前が見つかるとまで言われている。


 もちろん近衛家にもあって、確か僕の曾おじいちゃんにあたる人が三条の家の人だったはず。つまり、柚葉さんと僕はちょっと遠い親戚関係で、何度かパーティーなんかで会ったことがあった。


 でもたぶん、それは僕だけじゃなく、みんなもどこかしらで柚葉さんとは血縁で接点があるはず。


 だからか、柚葉さんは歳上の人たちからはみんなの親戚の妹さんとして可愛がられ、僕たちからするとみんなの親戚のお姉ちゃんといったように慕われている。


 そんなこの学園でも有数の令嬢である柚葉さんがどうして庶民部の部室なんかにいるのか‥‥‥。


「みんな来てくれて嬉しいわ~! 今お紅茶入れるわね~!」


 僕たちの疑問をよそに、マイペースな柚葉さんは棚からティーカップを取り出すと、さっきからいい香りのするポットから紅茶を注いでテーブルに並べてくれる。


 それからお茶請けも取り出して、未だに立ちっぱなしの僕たちを手招きした。


「ほら、こっちに来てお茶会しましょ~? 今日のお菓子はおいしいカステラよ~。‥‥‥あむ——んぅ~~っ!」


 待ちきれなかったのか、パクリとカステラを一口食べた柚葉さんが頬に手を当てて美味しそうに悶える。可愛い。


 そんなおいしそうな姿を見たら食べたくなっちゃう。甘いもの好きだし。


「‥‥‥とりあえず、僕たちも食べましょうか」


「「「うんうん!」」」


 みんなも同じ気持ちだったのか、僕たちはここに来た目的を後回しにして、柚葉さんとお茶会を楽しむことにした。

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