第56話 マンガ・アニメ必殺技道場部

「それでは失礼しましたー‥‥‥」


「あぁ、また気軽に来てくれていいからね」


「き、機会があれば」


 帰宅部は肌に合わないことが分かったため、そそくさと部室から出る。僕に続いてみんなも出て来た。


「色々と凄い部活でしたわね!」


「う、うん。部活って言うより会社みたいだった」


「何か大きなことを成し遂げたい人が合ってるんでしょう。澪さまなら道路を作るくらい余裕ですし、あまり入る意味はありませんね」


「いやいや、そんなことできるわけないでしょ。でも九条さんならプロジェクトの中核を担えるのでは?」


「うち? 何でそんな面倒なことしなきゃいけないのさ」


「え? その為に入部したんじゃ」


「いや、早く帰るためだけど」


「あ、はい」


 結局今言った通り、九条さんは入部届けをそのまま出してしまった。


 同じ部活に入りたかったけど仕方ないか。九条家の令嬢である九条さんが忙しくないわけがないもんね。


「澪さま、次はどこの部活に行きますか?」


「じゃあまずは麗華の行きたいところに行きましょうか」


「分かりましたわ!」


 楽しみなのか、麗華は元気よく頷くと目的の部活に向けて歩き出した。


 と、その前に九条さんが踵を返す。


「じゃ、うちはもう帰るから」


「えぇー、一緒に行きませんか?」


「行かない。それじゃ」


「あっ、また明日!」


「ん」


 止める暇もなく出口に向かう九条さんは、軽く手を上げるとさっさと帰ってしまった。


 相変わらず素っ気なくて涙が出るね。いつになったら心を通わせられるのか。


「では澪さま、こっちですわ!」


「はーい」


 最後にチラリと九条さんの背中を振り返って、僕たちは麗華について行った。



 ■■



「ここが麗華が見てみたいところですか?」


「そうですわ!」


「麗華ちゃん、こういうの好きだもんね」


「きっと面白いですわ!」


 いやまぁ、確かに面白そうだけど‥‥‥。やっぱり金持ちってお金と時間が有り余るとおかしな方に意識が向くんだなぁ。


 そんな風に呆れながら、その部活の看板を見上げる僕。


 そこには『漫画・アニメ必殺技道場部』の文字が。


 なんというか、凄くわかりやすい部活だと思う。さっきからずっと「かぁ~め~は~め~波ァァァァ!」って気合の入った声が聞こえてくるし。


「ではさっそく行きましょう! たのもー!」


 入り方! 道場破りか!


「この部活の看板を貰いに来ましたわ!」


 道場破りだ!?


「ちょ、ちょっと麗華!? 何言ってるんですか!?」


「ノリですわ!」


「どんなノリですわ!?」


 思わず麗華の語尾が移ってしまったその時、僕たちに大きな影がヌッと重なる。


 上を見上げればオレンジ色の道着を着たそれそれはサイヤ人な筋肉モリモリマッチョメンの変態が僕たちを見下ろしていた。


「うちに道場破りたぁ、身の程知らずもいたものじゃ」


「あ、いえー‥‥‥その、それは言葉の綾というか‥‥‥」


「だが、その心意気はよし! ならばこの漫画・アニメ必殺技道場部部長、岩見勲いわみ いさおが受けてやろう!」


「いや、別にそういうわけじゃ‥‥‥」


「いいですわ! わたくしたちの澪さまが負けるはずがありませんもの! その戦い乗りましたわ!」


「ちょっ! 麗華!?」


「はっはっは! ではさっそく! あの空き缶を『かめはめ波』で先に倒した方の勝ちじゃ!」


「だからなんで‥‥‥。というか、そんなことできるわけ‥‥‥」


「ふん! そんなの澪さまなら余裕ですわ!」


 だ~~も~~! こいつら全然話聞かねぇ~~! これだからノリと勢いで生きてる人は! 姉ちゃんみたいだな!


 麗華と岩見部長はお互いにメンチを切り合いながら、空き缶から10mくらい離れたところで立ち会う。


 そしてまずは岩見部長がお手本がてら先行でやることになった。


「ふん! 修行の成果を見せちゃるけぇ!」


 岩見部長はそう言うと、足を肩幅に開いて腰を落とし、両手を合わせせ腰だめのポーズをとると、すぅ~~~っと大きく息を吸った。次に響き渡るは野太い雄たけび。


「かぁ~~めぇ~~はぁ~~めぇ~~ッ‥‥‥——波あぁぁあぁああああッ!!」


 まさに月をも吹き飛ばしかねないパワーが籠った声は、もしかしたら本当にビーム的なものが出そうなくらい気合いが入っていて。


「「「「‥‥‥」」」」


 ‥‥‥シーン。僕たちも部員の皆の沈黙が突き刺さる。


 うん。そりゃそうだ。当然どれほどの攻撃力があろうが、必ず被弾者のパンツだけは見逃す気の利いたエネルギー派が人間に出るわけがない。そんなことわからっとに。


「ふっ、惜しかったな」


 ‥‥‥どこが?


「次はあんたらじゃけぇ。さぁ、どんなかめはめ波を見せてくれる?」


「そんなの決まってますわ! 澪さま! 見せてください!」


「いや、あのね‥‥‥」


 そこまで言いかけて僕は麗華の目がキラキラと輝いていることに気づいた。


 まるで純粋な子供のような瞳はそれはもう僕がかめはめ波を撃てることをなにも疑ってないようで。


「澪さま‥‥‥」


 いや、撃てないよ? 何を期待してるのかわからないけど、流石に答えられるわけないじゃん。


「‥‥‥っ(キラキラ)」


「‥‥‥あ~もう、わかった! わかりました! とりあえずやってみますけど、出るわけないですからね!」


 僕は半ばやけっぱちな気持ちで前に出た。


 そこまで言うなら見せてやる。かつて姉ちゃんと何百、何千回と鏡の前で練習したかめはめ波の真骨頂を!


 目を瞑った僕はスッと息を詰める。ゆっくりと腰を落として、両手を合わせながら腰だめへ。


「かぁ~めぇ~はぁ~めぇ~‥‥‥——波ぁぁぁああぁあっっ!!!」


 カァッ! と目をかっぴらいてそう叫んだ瞬間だった。


 空いていた窓から吹き込んでくる突風が僕の髪をはためかせたと思ったら、カランカランと音がした。


「「「「「‥‥‥」」」」」


 静まり返る部室。皆の視線は机の上から落下した的の空き缶に。


 そして誰もがそれを認識した時、大歓声が上がった。


「「「「「うおぉぉぉぉぉ~~~っ!!」」」」」


「見たか今の!」「あぁ! すげぇ! 本物だ!」「俺にも見えたぞ! 最強のエネルギー波が!」


「は? え、いやいや!」


「きゃ~~! やっぱり澪さまならできると思いましたわ!」


「はっはっは! あっ晴れじゃ! お前さんにならうちの看板を任せられるけぇの!」


「お~い! みんな目を覚まして! ただの風だよ! あと看板いらん!」


 そう必死に訴えるも、大興奮は収まらない。


 まさか本当にエネルギー波が見えているわけないのに、いったいみんなには何が見えているのか‥‥‥いや、きっとこれもノリと勢いなんだろうなぁ。



 ■■



「なんじゃなんじゃ! 道場破りは冗談で部活見学に来たんかい! だったら最初からそう言ってくれりゃ!」


「あはは‥‥‥」


 言おうとしましたよ? 言おうとしましたとも。あんたが話を聞かなかったんだ!


 みんなが落ち着いたあと、僕たちは部長直々に部活の案内を受けていた。


 この部活、ハチャメチャながらも結構部員は多く、部室も広くてかめはめ波をしてた道場部屋の他にも気になるところがいくつかあった。


 そのうちの一つに、鬼退治の制服を着て刀を振り回しながらホースで水をぶっかけられてる人がいた。


「水の呼吸! ブボボボボ! ぶはぁっ!」


 なんか聞いたことある呼吸が聞こえたけど、めっちゃおぼれてるよ!?


 そしてその様子をスマホで撮っている。


「あの、あれは何をしてるんですか?」


 思わず質問すると、部長は腕を組んで頷いた。


「あれは生々流転という技を再現しているところじゃ。が、まだまだだのう」


「そ、そうなんですか‥‥‥。ではあれは?」


 僕が次に気になったのは大量のサイリウムを分解して中の溶光液をタンクに詰めている集団。そこにホースやらブロワーやらが繋がれている変な装置がある。


「うむ、あれはさっきのかめはめ波の練習をしていたことに繋がるのだが、サイヤ人でもない限り人間にかめはめ波など出せぬ」


「‥‥‥」


 おい、いきなり真顔で常識を説くな!


「だからそれを再現するための準備じゃ。ブロワーの風を吹き出す威力を使ってホースから青く光る液を勢いよく出せば、かめはめ波ができるだろうと考えてその装置の開発中じゃ」


「は、はぁ‥‥‥」


「しかし最近はただ再現するのにも限界があってのう。CGには絶対に手を出すつもりはないが、あのように装置に頼ることになるのもしばしば。それがわしは歯がゆく思っておった。己の力のみで再現することこそ、真の必殺技と言えるからじゃ」


「そう、ですか?」


「うむ。そして近衛の令嬢。そなたの体力テストはわしも見ていた。そなたの身体能力は実にあっ晴れ! まさしくわしの理想の必殺技を再現させるポテンシャルを秘めておる」


「そう言ってもらえるのは光栄ですね」


「そうか! では素晴らしい提案をしよう! お主らも部員にならないか?」


 僕と麗華は思わず顔を見合わせた。


 そう言われたら、こう返すしかないよね。


「「ならない!」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る