第55話 帰宅部
「九条さん、これから文化部の見学に行くんですけど、よかったら一緒に行きませんか?」
帰りのホームルームが終わった直後、九条さんがすたこらと帰る前に僕はお昼に話していたことに九条さんを誘ってみた。
九条さんはチラリと僕を見ると、いつもの素っ気ない態度。
「いい、遠慮する」
「えー、遠慮しなくてもいいですよ! 一緒に行きましょう!」
「イヤだよ。あんたらといると疲れるし、そもそももう入る部活は決めてるから」
「え!? そうなんですか! どこにするんです?」
「ここ」
そう言って九条さんは入部申請用紙を見せてくる。そこには『帰宅部』の文字が。
「帰宅部ですか」
まぁ、九条さんらしいといっちゃあらしいけど‥‥‥やっぱりその部活はどうなんだろう?
兼部の人を抜いても部員数は学園の部活の中で最大。部員も堂上家だった家が多く、家格の高い人が何人もいる。それにいくつも実績を出しており、聞いた話では文化祭の出し物も毎年一番人気なのだとか。
九条さんのほどの人が入るにはまさにうってつけと言ってもいいだろう。けれど声を大にして言いたい。
——帰宅部だぞ?
ただ部活に入っていない人のことを言ってるんじゃなくて、正式に学園に認められた『帰宅部』という部活があるのは分かってるけど‥‥‥やっぱり帰宅部だぞ?
な~んか納得いかないんだよなぁ。
「じゃ、うちはこれ出して帰るから」
「あぁ! 待ってください! 僕も行きます!」
「はぁ? あんた別に入るつもりないでしょ」
「そ、そんなことは‥‥‥。これはそう、見学です!」
そうだよ。帰宅部がちゃんとした部活なら当初の予定通り見学すればいい。
もしも僕が思うような帰宅部で九条さんに相応しそうになかったら這ってでも止めよう! うん!
‥‥‥まぁ、本音は九条さんと同じ部活に入りたいだけだけど。でも帰宅部じゃ直ぐ帰っちゃうんだから同じ部活に入る意味ないじゃん。僕の心象的にも帰宅部はちょっとって思うし。
だから厳しく見極めるぞ!
そう決意していると、準備を済ませたみんながやってくる。
「澪さま、さっそく行きましょう!」
「みなさん、九条さんが帰宅部に行くそうなので当初の予定とは違いますが、まずは帰宅部に行ってみませんか?」
「帰宅部ですか? いいですわね!」
「美琴も、帰宅部はちょっと気になってました」
むぅ、意外とみんなには好評なんだよな帰宅部。これは僕がまだまだ学園初心者だからなのだろうか? まぁいい、これから行けば分かることだ。
「ということで、お付き合いしますね!」
「はぁー、好きにすれば」
よし! まだまだ九条さんと過ごせるぞ!
ため息をついてスタスタと教室を出ていく九条さんに続いて、僕たちは部活見学に向かった。
■■
部室棟は文字通り様々な部活の部室だけで建物を一棟使っており、それぞれの部活には大学の研究室くらいの大きさの部室が与えられている。高等科の建物で一番大きい建物だ。
もちろん実績があって人数が多い部活にはそれ以上の広さの部屋を与えられるし、逆にあまり活躍がない部活は、他の部活と共有で一つの部室を使うということもあるみたい。
藤ノ花学園の部活事情は創部の条件が緩くて、色々な部活が乱立してるからな。
帰宅部の部室はそんな部室棟の12階最上階の一番大きなところだった。‥‥‥流石は一番人気部活といったところ。
コンコンと扉をノックすると、すぐに返事があって扉が開かれる。
「ごきげんよう」
「こ、これは近衛さん! うちにどういった御用でしょうか‥‥‥?」
「部活見学をしに来ました」
「わ、わかりました! すぐに部長を呼んで参ります! 少々お待ちください!」
「は、はぁ‥‥‥」
そう言われて、僕たちは部室の中に案内されると応接室のようなところでソファに座らされた。更にはお茶やお茶請けまで出されて、対応してくれた生徒は一目散に出て行ってしまった。
な、なんか僕が知ってる部活体験と違うんだけど‥‥‥? それに案内してくれた人もやけに緊張してるようだったし。
もっとこう「部活体験に来ましたー」「おぉ! 好きに見て行っていいよ!」みたいな緩い感じかと。これじゃあまるで塾の案内みたいだ。
「このお茶、入れ方は拙いですが茶葉は良いものですわね」
「あ、このお菓子、美琴の家でも出すやつだ」
「澪さま、お茶を入れ直させていただきますね」
「ふぅ」
あれ? どうやら違和感を感じてるのは僕だけらしい。みんな当たり前のように受け入れてる。‥‥‥これがお嬢様クオリティか。
そんなことを思っていると、応接室のドアがノックされた。
「失礼するよっと、これは中々豪華なメンバーで。どうりであの子が慌ててたわけだ。何か粗相があったら謝罪するよ」
「廣幡さんが部長?」
「あぁ。帰宅部部長、
そう言って僕たちに微笑む廣幡さん。
廣幡家は徳大寺家や西園寺家と同じ貴族だったころは清華家で、家格で言えばかなり上位に当たる。近衛家とは割と近い関係で僕はこの人とは何度か会ったことがあった。
みんなも挨拶を返してさっそく本題に入る。
「ところで要件は部活体験ってことだったね」
「はい、帰宅部がどういった部活なのか教えてもらえればと」
「そうだね。帰宅部は『1秒でも早い帰宅を! ~安全第一~』をスローガンを掲げて活動している。具体的なことはあの地図を見てほしい」
廣幡さんが指し示す方には藤ノ花学園周辺の地図が大きく飾られている。そこには細かい文字で色々なことが書かれていた。
「この地図は帰宅部の信念と言ってもいい。主に書いてあることは信号機の切り替わるタイミングの時間や、一時間毎の交通量の変化やその原因、あとは周辺の買い食いスポットなどだよ。帰宅部は基本的にこの地図を埋めることが中心になる」
「な、なるほど‥‥‥」
「あ、ここはわたくしの家ですわ! あら、ここから行く方が近道ですのね」
「美琴の家もある。ここが混むのってこのお店があるからなんだ」
僕はその地図を見て思わず頬を引きつらせそうになる。なんという帰宅に対するストイックさ。麗華と美琴ちゃんは感心したように見ていた。
「そ、そういえばロータリーの使用法を確立したのも帰宅部なんですよね」
「それは先輩たちの功績だよ。随分と使いやすくなったでしょう?」
「そうですね。効率的だと思います」
「当時はまだ階級意識の高い人たちが主に保護者側に多くて反発も大きかったけれど、なんとか一大プロジェクトを成し遂げたって感じだったよ」
にしても一大すぎると思いますけど‥‥‥。そんなこと、いち部活動がやる範疇を超えてるでしょうに。
「ちなみに、今年もまた一大プロジェクトの試みに力を入れている。これが成せた時には更なるスムーズな帰宅ができるようになると思うよ」
「へぇ、どんなことです?」
気になってそう聞くと、廣幡さんは腕時計を確認して一つ頷く。
「うん。これからそのプロジェクトで都知事と国土交通省の方と会議になる。せっかくだから見て行ってみて」
「‥‥‥は?」
その肩書を聞いて僕は呆けてしまった。
■■
「学園前の道を二車線から三車線へ。それからこの道をもっと広くし、この道とつなげることができれば——」
「えぇえぇ、おっしゃってることは分かるのですが、如何せんそこに住む住民がですね‥‥‥」
「よ、予算は‥‥‥え、部費で足りる? あはは‥‥‥」
お、おぉ‥‥‥。
今、帰宅部の会議室にはスーツを着た大人の人が汗をふきふきしながら、帰宅部の副部長と会議? をしていた。
あの引きつって顔をしてる人が都知事だろう。見たことがある。国土交通省の人は知らないけどいかにもって感じだ。‥‥‥率直に意味がわからない。
「‥‥‥あの、道の拡張をしようとしてるんですか?」
「その通り! これが出来れば帰宅時間を大幅に短縮できる! 素晴らしいと思わないかい!」
「‥‥‥」
いやいやいや! これもやってることのスケールが大きすぎるよ! なに道を作るって!? もう部活動じゃないでしょそれ! どこまで帰宅にストイックなんだ‥‥‥早く帰るならその道を作っちゃえばいいじゃないってか? 発想が貴族すぎる!
「どうかな? 君たちも帰宅部に入って少しでも早い帰宅をしないかい?」
「え、遠慮します‥‥‥」
ごめんなさい、僕にはついて行けないっす。
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