第42話 つい、衝動的で
『知真理、色々育ってたわね』
『またやりすぎじゃない? あの人、初めてだったろうに』
『知真理ももう大人なんだから、いつまでも初心じゃいられないでしょ。さっきのは教育よ』
『そう、かな?』
『そうよ!』
「——はっ!?」
ふと、我に返った。
頭の中で誰かと会話していた気がするけど‥‥‥あれ、なんかデジャブ。
僕は今、身体測定のブースから出たところに立っていた。
すぐそばには、なんだか赤い顔をした紗夜が内股でもじもじと太ももを擦り合わせてる。
「紗夜?」
「~~~~~~~~っ//」
どうしたんだろう? と思って声をかけると、胸と股を手で抑えて僕から逃げるように距離をとる紗夜。‥‥‥やっぱりデジャブ。
なんだか僕も頭がぼんやりしてるし、何があったんだろうと考えて‥‥‥やっぱやめた。
これはあれだ。思い出さない方がいいやつだ。
最近気づいたんだけど、僕は何かが吹っ切れるとその記憶が飛んでしまうことが多々ある。本気で思い出そうとすれば思い出せるんだけど、大抵の場合その記憶はろくなことがない。
今こうして記憶が飛んでいるっていうことは、ついさっき僕にとって思い出さない方がいい記憶が封印されたってことなんだと思う。
だから何もなかったように振舞うのが一番だ。
そんなことを思っていると、少し離れたところからパタパタと駆けよってくる麗華と、ズーンとした雰囲気を纏う美琴ちゃん、通常運転の九条さんがやってきた。
「澪さま! 聞いてくださいまし! わたくし、158㎝でこの前より2㎝伸びてましたわ!」
「おぉ~、よかったですね」
「はい! 160㎝までもう少しですわ! お~っほっほっほっほ!」
パチパチパチと拍手。よほど嬉しかったんだろう。相変わらずの高笑いをあげながら、その場でダンスを踊るようにクルクル回る麗華。
反対に美琴ちゃんは暗いけど、どうしたんだろう?
「美琴ちゃんはどうしたんですか? なんだか落ち込んでるようですけど‥‥‥」
「澪ちゃん‥‥‥美琴、また太っちゃった‥‥‥」
あ、あぁ~‥‥‥それは‥‥‥うん、なんだかコメントしずらいな。
あれ? でも、最初に体操着に着替えた時に見えちゃったお腹は特に太ってるとか無かったはず。
「そう、なんですか? 美琴ちゃん、お腹はほっそりとしてましたけど‥‥‥」
「ウエストはあんまり変わってませんでした」
‥‥‥え? それって‥‥‥。
「胸がまた少し‥‥‥もうすぐFカップだそうです」
Fカップ‥‥‥メロンだ‥‥‥。
そんなのAVの中でしか見たことないぞ‥‥‥。この小柄な体躯にそんなのはもう犯罪的だ‥‥‥。
思わず目を逸らすことも忘れて、美琴ちゃんのお胸を戦慄した気持ちで凝視してしまう。
その時、まるで身体が乗っ取られたような感覚がした。
「ぅぐ‥‥‥っ!?」
な、なんだ、この内から溢れ出る揉みたい衝動は‥‥‥ひ、左手が勝手に!? これは僕の意思なのか!?
「み、澪ちゃん‥‥‥?」
「美琴ちゃん‥‥‥に、逃げて。僕が過ちを起こす前に‥‥‥っ」
美琴ちゃんのFカップに伸びようとする左手を右手で必死に抑える僕。
そんな僕と美琴ちゃんの間に、一人の影が差し込んだ。
「紗夜、ナイス‥‥‥っ」
それはさっきまで顔を赤くして僕から距離をとっていた紗夜だ。流石、主人が困ってる時に颯爽と駆けつけてくれるのはメイドの鏡。‥‥‥あれ? なんか紗夜も様子が‥‥‥。
「あ、あの……鷹司さま? な、なんか怖いんですけど‥‥‥」
「世の中、理不尽です」
「は、はい? ——きゃんっ!」
「理不尽です」
「——きゃんっ! な、なんで胸を叩いてくるんですか——ひぃんっ!」
さっきまでもじもじしていたの紗夜は、今はまるで能面のような”無”の無表情で美琴ちゃんに詰め寄って、そのFカップに平手を見舞う。
途端に逃げ始める美琴ちゃん。追いかける紗夜。‥‥‥あ、転んだ。蹲る美琴ちゃん。馬乗りになる紗夜。二人は何やってんだ‥‥‥。
しかし僕も左腕の衝動が抑えきれなくて止められない。まずはこれを何とかしないと。
この衝動は美琴ちゃんのお胸を見て湧き上がって来たものだ。ならば抑えるにはお胸を揉む他ない。どこかに手ごろなお胸があれば‥‥‥。
その時、僕の左側に九条さんが寄って来た。呆れたような様子で紗夜と美琴ちゃんと麗華を見てる。
きっとグダグダしてる僕たちにしびれを切らしたんだろう。
だが今、その位置はダメだ!
「九条さん! 来ないで!」
「お前ら、いい加減に——っ!?」
——ふにょん♪
手のひらに感じる、意外とずっしとした柔らかさ。
僕の警告は間に合わず、衝動が抑えられなかった僕の左手は、九条さんの右胸をガッツリと掴んでいた。
モミモミと無意識に動かしてしまう手のひら。ほぉ‥‥‥九条さんも結構あるな。僕よりちょっと大きめでDよりのEといったところ‥‥‥か?
「——はっ!? く、九条さんこれは、つい衝動的で‥‥‥」
思わず状況を忘れておっぱいソムリエになりかけたけど、恐る恐る九条さんの顔を見上げる。
九条さんは僕より背が高いため、下から覗き込むように表情を伺うと、そこには額に青筋を浮べた冷笑が‥‥‥。
「ふ~ん、衝動的ねぇ? 今、こうして揉んでるのも衝動的だって?」
あっ、いっけね。つい。
「こら左手! いつも女の子の胸を勝手にもんじゃダメって言ってるでしょ! ほら、九条さんにごめんなさいは? 『ごめんなさい。九条さん(裏声)』。あの、左手もこう言ってるし悪気があったわけじゃないから許してあげ、て‥‥‥」
「…‥‥」
だ、ダメか? ごまかそうと思って茶番劇をしてみたけど、九条さんの瞳が絶対零度になっただけっぽい。失敗だったか。こうなれば‥‥‥。
「‥‥‥てへっ♪」
舌先を出して右手で頭をコツン、精一杯の上目遣いからとどめのウィンク。
これでどうだ? お父様ならイチコロだぞ?
「‥‥‥だからまずは手を放せ」
「あっ‥‥‥」
この期に及んで九条さんの胸を揉み続けてた左手を放す。満足したのかもう左手が勝手に動くようなことはない。
よかった。これでいっけんらくちゃ、く‥‥‥。
「よし、じゃあ目ェ瞑って歯ァ食いしばれ」
「‥‥‥はい」
これは受けて当然の報いだ。なにせ僕の意思?じゃなかったとはいえ女の子の胸を揉んじゃったんだから。甘んじて受けるべきだろう。
覚悟を決めて僕はギュッと目を瞑る。
——バシンッ!
叩かれる僕。追いかける紗夜。逃げる美琴ちゃん。回る麗華。
僕たちの身体測定・体力テストはなかなか進まない。
「お前ら! いい加減にしろ!」
そして九条さんが頼もしい。
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