第43話 男子ってだいたいそう
九条さんに一喝されて落ち着いた僕たちは、まずは体育館にやって来た。
体育館はバスケ部やバレー部、バトミントン部など主要な運動部が有意義に練習できるようにと、かなりの大きさだ。
さっそく中へ一歩——。
「「「「「うおおおおおぉぉぉ! 近衛様の体操着&ポニテだあああぁぁぁーーーっ!!!」」」」」
「——っ!?」
え、え? なにこれ? 僕が体育館に入った瞬間、そこかしこから凄まじい熱気が‥‥‥。
あれ? 藤ノ花学園の生徒ってこんなに体力テストに気合入れてるの? お坊ちゃんお嬢ちゃんばっかりだからもっと緩い感じだと思ってたのに。
「ぬおぉぉぉぉーーっ! ——チラッ」
あそこで反復横跳びしてる男子とかすご、もう残像じゃん。‥‥‥あ、でも、もつれてこけた。
「パワァァァァーーーッ! ——チラッ」
あっちで握力やってる人は体操着脱ぎ始めて上半身裸だし。‥‥‥あっ、でもヒョロヒョロ。
「ふっ! ふっ! ふっ! ——チラッ、ふっ! ふっ! ふっ! ——チラッ」
上体起こししてる人も凄いな。まるで米つきバッタみたいだ。‥‥‥あ、五秒だけだった。
なんか空回りしてる人も多いし、なんか途中途中でチラチラこっちを見てくるきがするし、凄いのか凄くないのかよくわからんね。
そんな様子を見まわして麗華がひと言。
「さすが澪さまですわね!」
‥‥‥え? 何が?
「澪さまのうなじをチラチラと、卑しい豚どもですね」
う~ん‥‥‥気にしないようにしてたけど、紗夜は着替えてからずっとガン見してきてない?
「ふぇ‥‥‥」
美琴ちゃんは熱気に当てられちゃったか。大丈夫、僕が守るよ!
「どいつもこいつもバカばっか」
九条さんは辛辣ぅ~。
というかなるほど、そういうことか。ここにいる四人はみんな系統は別でも可愛いかったり美人な子ばっかりだもんね。
可愛い女の子が来たら途端にやる気を出す男子は体力テストあるあるだし。僕も元男だから身に覚えがあるぞ!
これは僕も負けてられないな。女子四人に良いところを見せるためにも、マジと書いて本気で頑張っちゃおうかな!
体育館で行う体力テストの種目は、長座体前屈、握力、上体起こし、立ち幅跳び、反復横跳びの五つ。
僕たちはまず、近くにあった長座体前屈からやることにした。
長座体前屈はローラーで記録をとる専用の測定器でやるようで、麗華が率先して持ってきてくれる。
「澪さま、どうぞですわ!」
「ありがとう」
麗華に勧められたので先にやらせてもらうことにした。
たぶんこれも麗華の中では家格順みたいな感じなんだろうな。
長座体前屈は壁に背中とお尻をぴったりくっつけて、両手を伸ばした状態から前屈をする。
背中を壁につけて、ぐい~~~~~っと!
「「「「「「おお~っ! ごっつあんですっ!!」」」」」」
「こら男子たち! 何見てるのですか! この変態!」
限界まで伸ばして上体を起こすと、何故か僕に向かって頭を下げる男子たち(+紗夜)と、その男子たちを罵ってる麗華がいた。九条さんも冷たい視線を送ってる。何ごと?
「澪ちゃん、ちょっと‥‥‥」
その光景を不思議に思ってると、少し顔を赤くした美琴ちゃんが耳打ちしてくれた。
「前屈してる時、前からみるとね。シャツの隙間から、お、お胸が見えちゃうから気を付けて」
「あっ‥‥‥」
あ~、そっかそういう。これは僕が悪いことをした。今までこんなことなかったから気にしてなかったけど、僕もこの身体になったからには気を付けないとな。
「すみません。お見苦しいものをお見せしました」
「「「「「「いえいえ! ありがとうございます!!!」」」」」」
僕が謝ると、そう言ってもう一度ガバッと頭を下げる男子たち(+紗夜)。
あはは‥‥‥。まぁ、仕方ないよね男の子だもん。気持ちは分かるよ。だから今回は許そう。僕にも非があったと思うし。
「ですが、僕以外の子のを見ようとすればその時は‥‥‥」
「「「「「「ひぃぃぃぃぃ~~~っ!」」」」」」
僕が軽く睨むと一目散に逃げていく。こういうところも男子っぽい。
「まったく‥‥‥。澪さまは優しすぎますわよ? 乙女の胸を覗こうなど処刑ものですわ!」
「そうです。澪さまの胸を見ただなんて万死に値します」
‥‥‥おい紗夜。ツッコんだら負けだと思ってずっと黙ってたが、ブーメランって知ってるか?
そのあと九条さん、紗夜、美琴ちゃん、麗華の順で記録をとって長座体前屈は終わった。
ちなみに記録は僕が72㎝。九条さんが70㎝。紗夜が54㎝。美琴ちゃんが64㎝。麗華が58㎝だった。
女子は男子より身体が柔らかいって聞いたことあるけどその通りだな。みんな軒並み高得点。
特に美琴ちゃんが凄かった。何がって? そんなのこう、ぐい~~っと伸びた時に横からおっぱいが‥‥‥おっと、これ以上はいけねぇ。
あとは紗夜が一番記録が低くて意外と悔しがってたな。
長座体前屈が終わって、少し休憩した僕たちは次に握力をやることにした。これまた麗華が率先して測定器を持ってきてくれる。
「澪さま、どうぞですわ!」
「今度は麗華からいいですよ」
長座は僕からだったし、次は逆の順番でもいいだろう。僕が言えば問題ないはず。
「わかりましたわ!」
麗華は測定器の握り幅を調整して右手に持つと、さっそく始める。
「せ~のっ‥‥‥ですわ~っ!」
息を止めてグッと力んで、力を抜く。‥‥‥なんだか気が抜けるかけ声だな。
「15㎏、まぁまぁですわね!」
まぁまぁなのか? 壁にかけられてる点数表によると15㎏は2点だけど‥‥‥。
それから麗華は今度は左手で同じようにやって14㎏だった。‥‥‥う~ん。
「つ、次は美琴がやりますね。苦手ですけど」
続いて二番選手美琴ちゃん。
右手で測定器を持って、ギュッと目を瞑り。
「えいっ!」
うん、可愛い。(ニッコリ)
けど、あれだな……記録は右が9㎏、左が7㎏。か弱すぎる‥‥‥。大丈夫? やり方間違えてない? ‥‥‥合ってるのか。
「はんっ、西園寺美琴のざーこざーこ」
なんか紗夜って美琴ちゃんと絡むときはメスガキムーブ出すよな。そのうちワカラセされるぞ。三番手は紗夜の番。
「いきます‥‥‥——澪さまぁっ!」
そのかけ声はどうなんだろうか‥‥‥。
「ふぅ‥‥‥。見てください52㎏です。どうよ」
「へぇ、紗夜って意外と」
「ゴリラですわね」「ご、ゴリラです‥‥‥」「ゴリラじゃん」
「ご、ゴリっ、違います! 鍛えてるだけです!」
みんな言いたい放題だな‥‥‥。でも紗夜も乙女なのにゴリゴリ言われるのはちょっとかわいそうだ。
「紗夜、僕はすごいと思いますよ? 10点ですし」
「澪さまっ」
「——うごっ!」
感極まったのか勢いよく抱き着いてくる紗夜。
‥‥‥あっ、ちょっと待って。力入れ‥‥‥背骨折れる‥‥‥やっぱゴリ、ラ。
「はぁ、何やってんの? 早く貸して」
そう言ってギリギリ絞められてる僕を助けてくれたのは九条さんだ。ふぅ、助かった。
紗夜から測定器を受け取ると、九条さんはさっそく握力を測る。
「‥‥‥ふっ」
やっぱり九条さんは僕の心の清涼剤だな。九条さんを見てると普通で安心する。
記録は右が36㎏、左が34㎏だった。何気に結構すごい。
「ほい」
「ありがとうございます」
最後は僕の番。九条さんから測定器を受け取って、さっそく構える。
「澪さまファイトですわ!」
「が、頑張ってくださいっ」
「澪さまなら握りつぶせます」
「‥‥‥」
うっ、なんかみんなに注目されてやりにくいな。それから紗夜、流石に握りつぶせないよ?
ちなみに
例えゴリラって言われることになっても、これは譲りたくない僕のプライドだ。だから本気でやる。
「ふぅ~‥‥‥」
握力を測る時に大事なのは正しい姿勢だ。足は肩幅に、腕は身体にくっつけずに少し離して、最初は力を入れずにリラックスした状態を保つ。
それからいつかの時、「暴漢に襲われた時のために鍛えるわよ!」と、姉ちゃんに連れられて行った山奥の道場。そこで修行を付けてくれた師匠の言葉を思い出せ。
力とは流れであり、流動させることで増幅し、それを一点に絞ることで常時よりも圧倒的に強い力を出すことができるようになる。これを”気を練る”というらしい。
そして正しい呼吸はすべての基本とは師匠の口癖だったな。
「澪さまからオーラが見えますわっ!」
「す、すごい‥‥‥」
「澪さまの戦闘力は53万です」
「‥‥‥っ」
みんながなにか言ってるけど、集中したいから今は構って上げれない。‥‥‥あ、でもこれだけは言わせて。紗夜、そのスカウターどっから出した?
最後に大きく息を吸って、吐くと同時に叫び、力を開放する!
「‥‥‥——ハッ!」
——バキィッ!
あ、やべ‥‥‥。
僕は握った手を緩める。そこには完全につぶれた握力測定器の姿が。
恐る恐る顔を上げてみると、シンと鎮まった体育館。引きつった他の生徒たちの表情。まるで止まったような時間。さっきまでチラチラ見ていた男子たちにも目があった瞬間、速攻で顔を逸らされる。
そんな中、みんなだけが通常運転だった。
「さすが澪さまですわ! 澪さまの握力は測定器なんかじゃ測れませんのね!」
麗華、この場合は測れなきゃまずいんだ。
「すごい! 澪ちゃんかっこいい!」
美琴ちゃん、そう言ってくれるのは嬉しいけどなんかなぁ‥‥‥。
「ふっ、これはもう私はゴリラを引退ですね。シン・ゴリラの称号は澪さまに譲ります」
そんなんいるかっ!
「こいつやべぇ」
あぁ~! 九条さんに引かれたぁ~~!
こうして僕は握力『∞』と『シン・ゴリラ』の称号を手に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます