第14話 お嬢様ギャップ
「ここは食堂‥‥‥ですか?」
徳大寺さんに連れてこられたのは僕が九条さんを誘おうとしていたところだった。てっきり校舎裏とか、屋上前の階段とか、そういう人気のないところに連れていかれると思っていたけど‥‥。
「そうですわ! お弁当でもよかったのですけれど、澪さまの好みがわかりませんでしので、こちらの方がよろしいかと思ったのですわ」
「付き合ってくださいっていうのは、昼食にってことだったのですか? リンチするのではなく?」
拍子抜けした気持ちで僕がそう聞くと、徳大寺さんは僕の質問にキョトンとして、次にクスリと笑った。あら、意外と‥‥‥。
「リンチではなくランチですわ。澪さまは面白いことをおっしゃいますのね。そんな恐れ多いことをする愚か者なんておりませんわ」
「なんだ‥‥‥それならそうと最初から言ってもらえれば」
「えぇ、ですから初めからそのように」
「え?」
「はい?」
お互いに小首をかしげ合う僕たち。
あれ~? おかしいな。確か付き合えって言われただけで、昼食になんて聞いて無かったと思うんだけど‥‥‥。お嬢様言葉か? お嬢様言葉のどこかにそんな隠されたメッセージが!?
まぁ、そういうことならいっか。本当は九条さんを誘う所だったけど、他の子とも仲良くしたかったし。
「それでは席に案内しますわ! 今日は絶対澪さまとランチをしたかったので、席の予約をしておりましたの! 一番眺めが良いところですわ!」
「予約? 学食の席が予約できるのですか?」
「えぇ、学園に多額の出資をしている家の生徒は、学園に様々な便宜を図ってもらえるんですの。学食の席の予約もその一つですわ」
「知りませんでした。そういうことができるんですね」
そんなこと学校案内のパンフレットとかには書いてなかったけど、いわゆる暗黙の了解みたいなものかな?
「そういえば澪さまは学園に通うのは高等科からでしたわね‥‥‥。いいですわ! それならわたくしが澪さまに学園のことを色々教えて差し上げますわ!」
徳大寺さん‥‥‥。最初はなんか地雷の人かと思ってたけどめっちゃ良い人じゃん! やばい人かと思っててごめんなさい!
「ありがとうございます! 徳大寺さん!」
「ふぁぁ‥‥‥」
徳大寺さんの気遣いにとても嬉しくなって笑顔でお礼を告げると、なんか徳大寺さんが急に顔を赤くして夢見心地みたいな感じになったんだけど、どうしたんだろう?
「ふぁっ!? ‥‥‥ゴホン! こっちですわ!」
我に返った徳大寺さんに案内されてやってきたのは、四階建てからなる食堂館の最上階の窓際の席だった。確かに徳大寺さんが言っていた通り学園の校舎から校庭まで一望出来て景色がいい。
そこにクロスのひかれた大きめのテーブルと複数のイスがあって、徳大寺家の執事と思われる初老の男性が立っている。
「まだ肌寒いですが、もう少し温かくなればあそこのバルコニーで食べるのも気持ちいいのですわよ」
そう言って、徳大寺さんが慣れた様子で席に着く。言われた方を見てみれば、そこには芝生でできた望遠のバルコニーがあって、確かに風と日向が気持ちよさそうだ。
勧められたので席に着く。ビュッフェなのに取りに行かなくていいのかな? と戸惑っていると、徳大寺さんは執事に指示を出していた。
「爺や、いつものを持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
おぉ‥‥‥爺やって呼ぶ人リアルで初めて見た、なんか感動。そして取りに行くんじゃなくて、取りに行かせるものなのか。
「澪さまはどうなさいますか? よろしければ私がおススメのものを取ってきますが」
紗夜がそう言ってくれるけど。僕はこの食堂を利用するのは初めてだし、何があるのかわからない。紗夜の選んでくれるものでもいいんだけど‥‥‥。
「いえ、何があるのか見たいので自分で取りにいきます。それから‥‥‥徳大寺さん、ここにもう一つ椅子を追加してもいいですか?」
「はて? あぁ、紗夜さまのですわね! もちろんいいですわよ! 爺や、もう一つ椅子を持ってきてくださいまし。それから澪さまが自分で取りに行かれるのでしたら、わたくしも取りに行きますわ」
「かしこまりました」
紗夜の分の席が無かったから、徳大寺さんに頼むと快く了解してくれた。けれど逆に紗夜の方はなんだか不満そうだ。たぶんメイドの矜持が~とかそういうことだろう。
「澪さま、私は‥‥‥」
「紗夜、学園では主従じゃなくて同級生ですよ? 一緒に食べましょう?」
教室のドアを開けてもらったり、椅子を引いてもらったりされてるから今更な気がするけど、お昼ご飯くらいは従者の役割じゃなくて一緒に食べたい。家では紗夜は完璧にメイドに徹するから一緒に食べれないし、ね?
「‥‥‥はぁ、わかりました。‥‥‥澪さまはずるいです」
なんか拗ねたような気がするけど、口を尖らせながらも紗夜も折れてくれた。やったね!
それから意気揚々とビュッフェがある場所に案内してくれる徳大寺さんの後に続いてついて行く。
「紗夜さまは本当に澪さまの従者なのですわね」
「え、えぇ‥‥‥」
徳大寺さんにそう言われて、ドキッとする。やっぱり同級生で親友でもあるのに、こうして尽くさせているのはおかしいよな‥‥‥家ではともかく、学園にまで。
それを責められてるのかと思って、つい俯きそうになって‥‥‥しかし、見えた徳大寺さんの表情は、僕の思ったことと裏腹に凄くキラキラしてた。‥‥‥え? なんでそんな憧れを見るような顔?
「流石ですわ、澪さま!」
——だから何が!?
「わたくしも何人か堂上家の子を行儀見習いにしたことはありますが、摂家である鷹司家ほど上位の家の者にはさせられませんもの」
あぁ、そういう‥‥‥。ちなみに
日本の貴族制はとっくに廃止されてるからこれは名目上のことだけど、実際その影響力はまだまだ十分にある。例えば傘下の家から子供を行儀見習いとして雇ったり。就職先の斡旋みたいなものだな。
だから徳大寺さんは、自分の家より上位にあたる摂家の鷹司家の娘である紗夜を従者としているの僕のことを凄いと言ってるわけだ。
僕は別に凄いこととも何とも思わないけど、このいかにもなお嬢様である徳大寺さんの価値観では尊敬に値するものなんだろう。‥‥‥う~ん、お嬢様ギャップ。
「徳大寺さん。確かに紗夜は私の従者ですが、私と紗夜は幼いころからの——っ!?」
徳大寺さんに僕と紗夜との関係を正確に伝えようとしたその瞬間、後ろから強烈な圧を感じて心臓が跳ねる。
恐る恐る振り返ると、そこにはいつもより無表情に磨きがかかった、しかし凄みがにじみ出ている紗夜の姿。
「徳大寺さま、訂正してください。私は澪さまの行儀見習いではなく、正真正銘のメイドです」
「は、はひっ」
凄まれた徳大寺さんは、いつものお嬢様ぜんとした姿もできず、完全に紗夜に飲み込まれていた。
こ、こわぁ‥‥‥紗夜、怒るとこわぁ‥‥‥。さっきは紗夜のメイドの矜持より僕の我がままを優先させたけど、これからはもうちょっと気を付けよう‥‥‥。まさか紗夜がそんな、『メイド命!』みたいな感じだとは思わなかった。
それから、なんとか紗夜を「よっ! メイドの鏡!」とか言っておだてて宥めて機嫌を直させて、三人仲良く? ビュッフェを取りに行ったのだった。
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