第15話 麗華とランチ



「おぉ~‥‥‥」


 食堂のビュッフェは、ま~凄かった。パンフレットに掲載されている写真を見た時も驚いたけど、いやはや実物はそれ以上だ。


 以前、れいだった時に一度だけクラスメイトに誘われてホテルビュッフェに行ったことがあるけど、そんなものとは比較にならない。あれは多分、学生でも払えるお手軽ビュッフェだったに違いない。


 にしてもあの時のホテルビュッフェモドキ、クラスのみんなが行くからって言われたから僕も行ったのに女子しかいなかったのは何故なのか。予約の名前に○年○組女子会って書いてあったのはきっと気のせいだろう。


 まぁいい、そんな悲しい過去よりも、今は目の前の豪華ビュッフェだ! パッと見るだけでも、お肉に魚、洋食和食、中華、フレンチ、イタリアンとめちゃくちゃ種類がある。しかもどれもが良い食材を使ってることが分かるくらいおいしそう!


 さっそくトレーとお皿を持って選びに行こうとすると、その前に横からサッと紗夜に奪われた。


「澪さま、私がお取りします」


「いえ、それくらい自分で‥‥‥」


「わ・た・し・が! お取りします」


「‥‥‥はい、お願いね」


「かしこまりました」


 自分で取りたい欲があったけど、さっきのこともあるので紗夜の好きにさせることにした。見えてる地雷は踏まない。‥‥‥でも、徳大寺さんは自分で取ってるのに。


 まぁ、ここで拗ねても仕方ないので、また今度と思うことにして料理の並ぶところに向かう。


「どれをお取りしましょうか?」


「う~ん、本当に種類が多くて悩みますね」


「澪さまなら一口だけ食べて全種制覇することもできますが」


「いや、それは流石に‥‥‥」


 紗夜、とんでもないこと言うな‥‥‥。それも出資者特典の何かか? でも、そんなの作ってくれた人に悪いし、もったいない。それに仮に一口ずつ食べたとしても全種制覇はできないと思うぞ? それくらい種類がある。とにかく食べられる分だけ取らないと。


 徳大寺さんは特に悩むそぶりも見せずに、既にいくつかの料理を取っている。


 そういえば徳大寺さんは最初、爺やにいつものって言ってたっけ? なら、何かおススメを知ってるかも。


「徳大寺さん、何がおススメとかありますか? 種類が多くて選べなくて‥‥‥」


「そうですわね‥‥‥ありませんわ」


「‥‥‥え?」


 なにそれ、どゆこと?


「ここにある料理なんかでは、澪さまに相応しくありませんもの」


 それはつまりあれか? お前は中身庶民だから、私たちが食べるような高貴な料理は似合わないと、そういうこと? ‥‥‥もしかしてバレた? バレたのかっ!?


「食材はともかく、料理のほうは味より量を意識した作り置きが多いですもの。食べられないほどではありませんが、濃い味付けで飽きますし‥‥‥どれもそんなものですので、適当に好きな物を選ぶのがいいですわよ」


 あぁ、そういう‥‥‥。これを見てそんなことを言うなんて。流石、生粋のお嬢様は言うことは違うぜ。これがお嬢様クオリティ‥‥‥ついて行けない。


 でも、確かにそう言われてよく見てみると、普段僕が家で食べている料理とは色艶とか、香りとかが落ちてる気がする。つい豪華な盛り合わせとかを見て庶民的な感覚に錯覚してたけど、今のお嬢様の立場で見れば徳大寺さんの言うことも納得だ。


 それから徳大寺さんに言われた通り、適当に自分の好きなものを選んで紗夜に取り分けてもらった。


 僕が選んだのはカルボナーラとアボカドサラダ、カニクリームコロッケとコーンポタージュ。デザートはフルーツポンチとティラミスとレアチーズケーキだ。‥‥‥え? デザートが多い? 甘いものが好きなんで。


 多そうに見えるけど、一つ一つの量はそんなに多くないから全部食べられると思う。それに僕は結構食べる方だし。


 ちなみに紗夜はお味噌汁だけ取って、持ってきたカロリーメイトを食べるらしい。それだけで足りるのかい?


 徳大寺さんはごはんと麻婆豆腐にキムチを付けていた。辛いのが好きなのかな?


 皆で選んだものを持って席に戻ってくる。そこには既に爺やもいて、椅子が一つ追加されていた。僕が座ると、その正面に徳大寺さんが、隣に紗夜が腰かける。


 さっそくいただきますをして、さっそくカルボナーラから口づける。フォークで一口分巻き取ってソースを絡めたら、背筋を伸ばしてパクリ。


「ん~‥‥‥」


 確かに、徳大寺さんが言っていた通りだな‥‥‥。まずくはないんだけど、美味しくもないというか、何度も食べたくなるようなものではない。


 昔はこれでも「うまいっ! うまいっ!」って食べてただろうけど‥‥‥。いやはや、慣れとは恐ろしいものよ。


「他のは‥‥‥ん? 徳大寺さん?」


 次にアボカドサラダを食べようと思ったら、僕のことをジーっと見てくる徳大寺さんに気が付いた。どうしたんだろう?


「‥‥‥あっ! いえ! ‥‥‥ただ、澪さまのお食事の仕方がとてもきれ——」


「えっ?」


 な、なんだ? 僕の食事の仕方ってことは、もしかして何か変だったか? やっぱりなんちゃってお嬢様である僕のお作法はおかしいのかな?


 そういえば‥‥‥前に一度、僕も作法の先生から教わったけど、僕の出来があまりに悪かったのか一か月もせずにやめちゃったっけ。その次の人は一週間だったな。


 一応、それからは自分でマナー本なんかを読んで練習してたけど、やっぱり全然できてなかったのか? 


「——とても気品がありますわね! 見ているだけで眩暈を感じるほどくらくらしちゃいますわ!」


 え、え? それってどういうこと? てめぇの喰い方、酷すぎて眩暈がしてくるぜってことを他に言いようがないから遠回しに指摘してくれてるのかな?


 やっべぇ‥‥‥自分ではできてると思ってたけど、全然そんなことは無かったらしい。これからこうやって人と食事をすることは何度もあるだろうし、もう一度習い直すべきかもしれない。


 というか言うだけあって、徳大寺さんの食べ方は凄い綺麗だな。


 麻婆豆腐は普通レンゲですくって食べるけど、本場の中国では箸で食べるのがマナーらしい。実際に徳大寺さんは箸で食べてるし‥‥‥いや、器用過ぎない?


「徳大寺さんも、とっても綺麗ですよ」


「ふ、ふぅ……あ、当たり前ですわ!」


 素直に褒めると、徳大寺さんはニヤリと笑って上機嫌になった。あのニヤリってするのは喜んでるんだよね? ‥‥‥もしそうなら、悪役補正がかかってるな。なんだか悪だくみが成功した悪役にしか見えない。紗夜が誤解されやすい人って言ってたけど、こういうところだろうか。


 ちなみに、その紗夜は既にカロリーメイトを食べ終えて、上品にお味噌汁を飲んでいる。紗夜ももちろん、作法は完璧だ。


 というか本当にカロリーメイトとお味噌汁だけで足りるのだろうか? これから午後の授業もあるのに。


「紗夜、それだけでお腹空いてませんか? よければ僕のティラミスを分けますけど」


「いえ、大丈夫ですよ。私は少食ですから、あれだけで十分です」


 ……紗夜よ、それは僕が大食らいだって言いたいのか? でも仕方ないだろう、なんか一年前に目覚めてからお腹すきやすくなったんだもん。この身体、燃費悪い。


「ところで、澪さま」


「はい? なんですか、徳大寺さん」


 徳大寺さんに呼ばれたので聞き返すと、ついさっきまで鼻歌まで歌いだしそうだった徳大寺さんが、何故か不機嫌そうな顔になっていた。あれ? 悪役‥‥‥。


「その、徳大寺さんって呼び方はやめてくださいまし」


「‥‥‥え?」


「家名は誇りですが、わたくしも紗夜さまのように名前で呼んで欲しいですわ」


 そう言って、徳大寺さんが期待するような不安そうにじっと見つめてくる。釣り目がちな瞳がふにゃんってちょっと下がって、甘えるような欲しがりさんみたいな表情がなんだか凄く‥‥‥。


「——グッ!」


「‥‥‥澪さま?」


「わかりました。これからは麗華って呼ばせてもらいますね!」


 僕がそう言うと、麗華は満点の華が咲くような麗しい笑顔を見せてくれた。‥‥‥あ、ニヤリじゃない。めっちゃ可愛いっ!


「はいっ! 澪お姉さまっ!」


 ‥‥‥ん? んん? 前から思ってたけど、そのお姉さまってなんなんだ? 確か自己紹介の時も言われたし。


 疑問に思ったけど、なんかすごくテンションが上がってる麗華がマシンガントークを繰り広げるため、聞くに聞けなかった。


 その後は、麗華と楽しく話しながら、また今度も一緒に昼ご飯を食べることを約束して、昼休みが終わる前に教室に戻ることにした。


 ちなみに、隣に座ってた紗夜が若干不機嫌そうだったのは何だったんだろう?


「‥‥‥澪さまの人たらし」

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