第13話 九条さんと仲良し作戦 第一段 お昼に誘いたい


 ——キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。


「はい、それじゃあ本日はここまで。明日からは本格的に進めて行くからな」


 そう言って数学担当の先生が授業を終えて教室を出て行く。


 今日はまだ初日だからか、ほとんどの授業が先生の自己紹介とか授業の進め方だとか中学生の復習だとかで軽い感じだった。


 正直、元々高校課程を終える直前だった僕には手ぬるい。まぁ、余裕があることはいいことだよね。のんびりやっていこう。


 そんなことよりも! 今終わったのは四時間目の授業。つまりこれからお昼休み。これは、九条さんを誘うしかないでしょう‥‥‥お昼ご飯に!


 仲良くっていえるほどまだ打ち解けてはないけど、話しかければぶっきらぼうながら答えてくれるし、隣の人をお昼に誘うくらいなら不自然じゃないよね。これが切っ掛けで仲良くなれるかもしれないし。


 ただ、藤ノ花学園のお昼に誘う時はちょっと気を付けないといけない。この学園のお昼は少々特殊で、お弁当や食堂はもちろんあるんだけど、それに加えて外食システムというものがある。


 これは学園に申請を出せば学園の外に出てご飯を食べに行ってもいいというシステムだ。


 ここに通う子供はほとんどが社長令嬢や政治家の息子とかなので、家族が忙しく一緒に食べるのがお昼の時しかないとか、昼に会食が入っていてそれに出席しなければならないとか、そういった事情があるときに使うことができる。


 まぁ、そんなのはほとんど建前みたいなもので、別に何か用事がなくも学食に飽きただとかの理由で外食する人もいるらしいけど。


 それにさっきはお弁当や食堂もあるって言ったけれど、それも僕たち庶民が思い浮かべるようなものじゃない。


 まず、お弁当といったらここの生徒たちは、これっくらいのお弁当箱におにぎりなんて詰めたりしない。


 ならどうするのかというと、当たり前の様に家で雇っているシェフを連れてくる。そして学食やサロンに併設されている厨房で食べたいものを作らせる。それがこの学校の『お弁当』。


 そして学食もそこらの高校でよく見るような、おばちゃんたちが大鍋をかき混ぜているようなチープなものじゃない。


 あんな陳腐な学生ラーメンなんかでは、舌の肥えたこの学園に通う者を満足させることなどできない。だから高級ホテルのビュッフェみたいな学食になっているらしい。


 パンフレットを見た時にびっくりしたものだよ。えぇ!? これが学生食堂!? って感じで、僕の中のマスオさんが出てくるところだった。しかもそれでも若干味が落ちるということで、上位の家の者はほとんど利用しないのだとか。流石は金持ち達。


 長々と話したけど、つまり九条さんがお昼に何を利用するかで一緒に食べられない可能性があるということだ。特に外食だったりしたらお手上げだ。流石について行きますとか図々しいことは言えない。


 そして九条家は最上位の家だから学食を利用しない可能性は大だ。ただ、お弁当を持ってくる人は他人がいる食堂や教室では食べないらしい。給仕も連れてくるから、サロンといったそういう専用スペースを使って食べるようだ。


 一緒に食べたい人がいたりしたらそこに招待するらしいのだけど、今の九条さんとの仲じゃ僕は呼んでもらえるとは思えない。


 実質九条さんとお昼を食べようと思ったら学食しかないのだけど。さて、どうしたものか。一応、僕もお弁当は連れて来てるけど、誘っても来てくれるとは思えないしなぁ‥‥‥。


 そっと九条さんの様子を伺う。九条さんはスマホをいじって何かを見てるみたいだ。それとも、やっぱりお弁当で家人たちを呼んでる? ‥‥‥う~ん。


 ——えぇいっ! こうしてても埒が明かないし、こんなところで悩んでるより率直に言おう! それが男気というものだ!


 僕はグッと気合を入れて九条さんに向き合う。


「九条さん、よければ僕と——」


「お~ほっほっほ! 澪さま、少しわたくしに付き合ってくださいな!」


 しかし僕が発した言葉は、いつの間にか席の前に来ていた徳大寺さんの高笑いにかき消された。


 くそっ! 目を付けられてたからいつか来ると思ってたけど、まさか僕が九条さんに声をかけようとしたこのタイミングなんて‥‥‥間が悪すぎる!


 九条さんはチラリとこっちを見ると、呼ばれたのは気のせいだと思ったのかすぐに目線を外して、席を立つと教室から出て行ってしまった。


 はぁ‥‥‥こうなったら仕方ない。今から追いかけて声をかけるのも気が引けるし、とりあえず今は目の前のこの子に対処しないと。


 徳大寺麗華さん。赤に近い茶髪のツインテールが特徴的な勝気が強そうな女の子だ。小顔だし、顔立ちは整っているんだけどやや釣り目がちなせいか、少々きつい印象を受ける。あと、色々とキャラが濃くて主張が激しい。話し方とかtheお嬢様だし、お~ほっほっほなんて高笑いするのはこの子だけだろう。


 いったいどこに連れていかれるのかはわからないけど、なるべく穏便に済ませたいところだ。


「わかりました。徳大寺さんについて行きますね」


「よろしいですわ! わたくしについて来てくださいまし! お~ほっほっほ!」


 僕が答えると、徳大寺さんはニヤリと笑って上機嫌に歩き始めた。教室を出て真っすぐに廊下を進んでいく。


 なんかすごいなこの子‥‥‥やたらと自信に満ち溢れてると言うか、常に胸を張って堂々として、廊下の端に掃けた人のあいだをそれが当たり前の様に歩いてる。やっぱりお嬢様の中のお嬢様は違うな。


 というか、まさか目を付けられたのだとしても、こんなに直近に呼び出しをくらうとは思わなかった。こっちは何も情報がないのに、昨日は紗夜に九条さんのことばかり聞いたけど、徳大寺さんのことも聞いておけばよかった。


「澪さま、そんなに緊張しなくても大丈夫かと思います」


「紗夜?」


 いつの間にか僕の少し後ろを歩いていた紗夜が小さな声で囁いてくる。呼び出されて何をされるかわからないから紗夜には声をかけなかったんだけど、いつの間に?


「澪さまの考えてるようなことにはならないと思いますよ」


「そうなんですか?」


「えぇ。徳大寺さまは誤解されやすい方ですが、悪い人ではありませんので‥‥‥まぁ、もしそのようなことになったら私が消します」


「うん、物騒だからやめましょうね」



 ■■



 四時間目の授業の終了間際、麗華は今か今かと時計の針を睨みつけながら、ある使命に闘志を燃やしていた。


(ランチに澪お姉さまをお誘いするのですわ!)


 そう、麗華は昨日からずっと澪を昼食に誘おうとそわそわしていたのだ。


(朝の挨拶もし合った仲ですもの、きっと澪さまも妹分を自負しているわたくしのお願いも快く聞いて頂けますわ!)


 そうして、一秒一秒がじれったく感じる中、ついに授業終了のチャイムが鳴る。


「——いざ!」


 麗華は素早く筆記用具や教科書を片付けると、麗華にしては珍しく少し緊張しながら澪の下へ向かう。流石の麗華もいくら心の中で自信満々でも、憧れの人を昼食に誘うのは勇気が必要なのだ。


(だ、大丈夫ですわ! いつも通り、わたくしらしく堂々と! ですわ!)


 そう気合を入れて、澪の机の前に立つ。そして持っていた扇子をバッと開いた。


「お~ほっほっほ! 澪さま、少しわたくしに付き合ってくださいな!」


 何やら澪は隣の九条さまに話しかけていた気がするが、緊張して澪しか見えていない麗華は気が付かない。


 澪からの返事が来ないあいだがものすごく長く感じる中、断られるかもしれない恐怖による怯えを散々習ってきた作法で堪えながら待つ。そして。


「わかりました。徳大寺さんについて行きますね」


 その言葉を聞いた瞬間、麗華の視界は一気に明るくなった気がした。


「よろしいですわ! わたくしについて来てくださいまし! お~ほっほっほ!」


(やりましたわ! やりましたわ! 澪お姉さまとランチ!)


 あまりの嬉しさに思わず笑みがこぼれてしまって、軽い足取りで澪をつれて案内する。


 その間も、麗華の頭の中では紙吹雪が舞い踊って、花が咲き乱れていた。


(我が世の春とはまさにこのことですわ~っ!)

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