第12話 朝の挨拶
高等科ではさっそく授業がスタートする。しかもばっちり七時間目まである。
入学式でいきなりかと思うかもしれないけど、高校生は忙しいから詰め込まないとカリキュラムが終わらないのだろう。
それに色々と特殊な藤ノ花学園だ。昨日貰った時間割表にも僕には聞き覚えの無い授業があったし、ゆっくりとしていられない。
まぁ僕の場合、一度高校生をしていたから普通の授業はなんとかなる。慣れないお嬢様学校でそれだけが救いかな。
さて、そんなわけで今日からさっそく九条さんと仲良くなる作戦の行動開始だ!
作戦といってもそんな大層なものはないけど。とりあえず普通に話しかけるところから始めようと思う。
ただ、少し接してわかるように彼女はなかなか気難しい性格をしてるみたいだから、声をかけるタイミングとか気を付けないとね。
そんなことを考えながら登校を済ませて一年二組の教室までやって来る。時刻は始業の30分前くらい。もう少し早く来れるけど、これくらいがマストだろう。
既に何人かのクラスメイトも登校してきてるようで、教室の中から話声が聞こえて来た。
「どうぞ、澪さま」
「ありがとう」
紗夜が率先してドアを開けてくれたから、お礼を言って教室に入る。
すると途端にさっきまでの賑やかな声が聞こえなくなって、シーンと静まり返り、僕にシズシズと視線が集中した。
‥‥‥昨日も教室に入った時、こんな感じだったな。やっぱりまだ僕の存在はアウェーだったか。昨日の今日だし、まだ馴染むのには時間がかかるか。
「おはようございます」
「「「「‥‥‥」」」」
一応、教室全体に向かって挨拶をするけれど、帰って来たのは沈黙だった。
まぁ、半ば予想してましたが‥‥‥? だから別に寂しくありませんが‥‥‥?
「なぁ、昨日の自己紹介の時のやつって——」
「やばいよな‥‥‥」
クラスメイトたちの席の間を歩いて自分の席に向かう。
昨日の自己紹介の話をしていたみたいだけど、あの時のことが未だに思い出せないんだよな。記憶が封印されて思い出すことを拒否してるというか。
というか、ついまた前のドアから入っちゃったけど、僕の席は後ろの方だった。明日からは後ろのドアから入るように——ん?
「あ、あの‥‥‥おはようございましゅ‥‥‥っ!」
チョコンと袖をつままれたと思ったら、まるで一世一代のプロポーズのように挨拶をされた。なにこれ可愛い。
その挨拶をしてくれた小柄な女の子、西園寺さんは顔を真っ赤にしてあうあうしてる。ソーキュート!
ああもう、これだけでさっきのことなんてどうでもよくなっちゃった。他の有象無象よりこの子の精一杯のおはようをくれただけで満足!
「おはよう! 西園寺さん!」
「あっ‥‥‥ふしゅ~‥‥‥」
つい嬉しくなって挨拶を返したら、何故か西園寺さんが後ろに倒れそうになったから慌てて支える。
「え‥‥‥西園寺さん? 西園寺さん!?」
「澪さま、魅力的な笑顔を振りまかないでください。軽く死ねます」
「え? え? どういうこと?」
「とりあえず、西園寺さまは私が何とかしますから、澪さまはお席に」
紗夜に促されて自分の席に着く。
紗夜が西園寺さんの介抱を変わってくれたけど、大丈夫かな? 西園寺さん、もしかして低血圧で朝に弱いとか?
そんな風に心配をしながら教科書なんかを机の引き出しにしまっていると、バコーン!と勢いよくドアが開かれた。
「お~ほっほっほ! 皆さんごきげんよう! いい朝ですわね!」
「おはようございます、徳大寺様」
「麗華さま、ごきげんよう」
やってきたのは豪奢なツインテールを振り回す徳大寺さんだ。
なんていうか、凄く元気でインパクトが強い。昨日もこんな感じだったし、こういう子なんだろう。
というか、僕と違って教室中から返事が返ってきてたな。彼女は高飛車な感じがするけど、結構慕われているんだろうか?
「ごきげんよう! 澪さま!」
「うひゃい!? ご、ごきげんよう‥‥‥?」
ぼーっとしていると、突然真ん前で徳大寺さんに大きな声で挨拶されてびっくりした。
戸惑いながら返事をすると、彼女はむふー!と満足そうにして自分の席に向かって行く。
もしかして、わざわざ僕の前まで来たのだろうか? 意外だけど律儀な人だなぁ‥‥‥。
もしかしてそれが慕われている理由? 僕も一人一人の前まで行って挨拶したほうがいいのかな? ‥‥‥あれ、でも徳大寺さん、ほかの人には普通だ。
「‥‥‥やっぱり、目を付けられた?」
昨日の自己紹介の時も僕だけ名指しされたし。徳大寺家との関係は悪くないと思うけど、どうしたものか‥‥‥。
そんなことを考えているうちに朝の時間は過ぎて行って、続々とクラスメイトたちが登校してくる。
もしかしたら藤ノ花学園には後から来た人が先に来た人の前に行って挨拶するルールでもあるのかと思ったけど、みんな普通に挨拶する人もいれば、仲のいい子だけに挨拶する人もいる。
やっぱり徳大寺さんだけ特殊っぽい、そんなことするっていうことは僕のことを目の敵にしたんだろう。これから少し気を付けよう。
にしても、もうほとんど席が埋まったって言うのに九条さんが来ないな。ポツンと僕の隣の席だけ空いてる。今日は欠席だろうか?
「紗夜、そろそろ自分の席に戻った方がいいですよ」
「はい、それではまたのちほど」
西園寺さんの介抱から戻っていた紗夜を自分の席に帰して、ホームルームが始まるのを待つ。
その後すぐに担任の先生がやってきて、九条さんは今日は休みかぁ‥‥‥と、残念に思ったその時。
無造作に後ろのドアが開いたと思ったら、綺麗な金髪を靡かせて九条さんが教室に入って来た。
昨日と変わらず、切れ長の瞳を細めた不機嫌そうな仏頂面で淡々と席に着く。それでも見えた横顔はすごく綺麗だ。
「おはようございます、九条さん」
「‥‥‥はよ」
当初の予定通り九条さんに挨拶をすると、チラリとこちらを見た九条さんは返事をしてくれた。
相変わらず冷たい態度の九条さんだけど、ちゃんと返事をしてくれて嬉しくなってくる。
そのまま会話を楽しみたいところだけど、もうすぐホームルームも始まるし、これ以上話しかけても鬱陶しがられるだろう。
焦りはよくない、一日はまだ始まったばかりなのだから‥‥‥次のチャンスはお昼休みだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます