第21話

「何を言ってるんだ、あんたは!」

 昴はこめかみに青筋を立てて、俺に血走った目を向けた。

「≪運営≫は事件解決の近道となるヒントや手掛かりに課金によるロックを施してる。例えば、倉光の自室で彼の所持品を調べようとしても、銅貨を20枚遣わせようとした」

「あんた……何を言って──」

 昴は混乱したように視線を彷徨わせる。

「まあ、あんたにはピンと来ないかもしれないが、聞くだけ聞いてくれ。倉光の所持品が課金ヒントになっていたのは、奴の計画を明らかにする証拠があったからだろう。課金ヒントは、俺が知る限り、銅貨5枚から50枚の幅で設定されている。そう考えると、銅貨20枚というのは、この事件の犯人に直接繋がるような重要なヒントというわけではない。一方で、屋敷の離れに落ちていた課金ヒントは銅貨40枚……もしかすると、そこにあったものを調べられれば殺人事件を防げたかもしれない」

 おそらく、離れに落ちていたのは日向の持ち物だろう。日向が離れに通された事実からみても、その可能性は非常に濃厚だ。倉光の失踪を捜査する時点では、倉光はまだ殺害されていない。日向が倉光殺害に関係していることは明らかで、あの時点で日向の存在に行き当たることができれば、倉光は死なずに済んだかもしれない。


≪運営≫は何を考えている? ひとりの命がみすみす失われるような状況を課金によってロックしたのだ。それとも、それをアンロックしなかった俺に非があるとでもいうのだろうか?


「そして、公園の駐車場に設置された防犯カメラには黒いバンが映っていた。ナンバープレートも認識できたかもしれない。ここにも課金ロックが施されていて、要求された銅貨は50枚。犯人に直結するような情報だったと考えられる」

「さっきから何の話してんだ?」

 例の3人組が口々に文句を飛ばし始めた。

「これから俺が話す内容には、証拠はない」

 会議室の中がざわつく。それでいい。防げたはずの殺人も、特定できるはずの犯人も、≪運営≫の手によって隠され、それによって悲劇が生み出されていることに気づく人が少しでも増えていけば、この狂った街のシステムを死に追いやることもできるだろう。

「その証拠は≪運営≫……つまり警察が金集めの道具にしているからだ。だが、そこに残されていたらしい証拠を考慮することで、犯人を特定することはできるってことなんだよ」


 昴は顔を引きつらせていた。

「それで、なぜ私が犯人だと? これ以上でたらめなことを言うと訴えることも考えなきゃいけない」

「七田にあんたが支払った身代金の額を聞いた時、要求された銅貨は30枚だった。だが、つい今しがたあんたに預金残高を聞くと、銅貨50枚を要求された。今あんたの口座を見れば、身代金の額が分かるだろう。それなのに、銅貨20枚分の価値が上乗せされたのはなぜか?」

 一同が固唾を飲んでいる。

「昴は取り戻したんだよ、支払った分の身代金を。そして、その時に倉光を殺害した。だから、倉光が殺された後の昴の口座情報には、身代金の金額分の収支が記録されているはずなんだ。それを確認するということは、犯人に直接繋がること。だから、要求される銅貨は50枚になったんだ」

 ここにいる全員が分かったような、分からなかったような微妙な表情を浮かべている。当然のことだ。俺の推理は純粋な論理ではない。だが、俺は昴にこう言いさえすればいい。

「あんたが犯人じゃないと言いたいなら、ここで自分の口座情報を開示するほかない。そして、その口座情報に身代金の金額分の収支がないということだけがあんたの無実を証明する証拠だ。そんなものがあるのならな」

 昴は奥歯を噛み締めて、顔を背けた。

「あいつが悪いんだ。元はといえば、あいつが悪事を企んでいたせいなんだから。それに、私を脅そうとしてきた。あのことをバラされたくなければ、と……」

「あのこと……?」

 ほの香が問いかけるが、昴からの答えはない。あのこととは、あり得た別の時間軸でほの香が怒り狂った原因のことだ。あの時に昴が安堵した表情を見せていたのは、倉光を殺害した罪を日向になすりつけることができたからだ。不倫がバレようとも、それ以上に重大な事実を有耶無耶にできれば、彼にとってはそれ以上のことはなかったのだろう。


 昴が警察官に連行されていった。家族は付き添うように会議室を出て行ったが、七田は悲しそうな、安堵したような、そんな複雑な表情を浮かべて俺に近づいてきた。

「旦那様と日向さんのこと……言わないままでいてくれたんですね」

「まあな。だが、昴のあの様子じゃ、自分で話すかもしれないな」

 七田は静かにうなずいた。

「それは、仕方のないことです……。でも、約束を守ってくれて、ありがとうございます」

 七田は頭を下げて、部屋を出て行った。

 俺の隣でアルがニヤニヤしている。

「なんだよ?」

「いえ、比嘉探偵にも人間の血が流れてるんだなあと思いまして」

「俺が人間じゃないとでも思ってたのか?」

 アルは汚らしく舌をペロッと出した。

「お前にそんな要素期待してないんだよ」


 アルを置いて警察署を出ると、ひとりの中年女性が日向のもとに駆け寄ってきつく抱きしめていた。その顔はどこかで見覚えのある……。

「あーっ!」

「うわ、何ですか、急に大声出して」

 福貴野家の屋敷に入ろうとした時に話しかけてきたババアの顔……まさに日向を抱き締めるその顔そのものだった。

「あの時、要求された銅貨は50枚だった……」

 日向が涙を流して口にした言葉に銅貨の枚数の理由があるように感じた。

「お母さん……」

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