第20話
【推理を開始しますか?】
「はい」を選択して、俺は咳払いをする。警察署の会議室に集まった面々を前に、ついに、
「さて」
と発するに至った。
すべてが少し前の状況に戻っている。容疑者全員は会議室の中にいるし、誰も泣き叫んではいない。そして、なによりも嬉しい誤算だったのは、やり直す前の記憶が保持されていることだ。俺にはこの先で"起こらなかったこと"の事実を手に入れた状態でこの時間をやり直すことができる。
「≪運営≫は俺たち探偵に課金を強いて、事件解決の手掛かりとなるヒントを得るように促している」
「急にどうしたんですか?」
アルが間の抜けた声で応じた。どうやら、俺以外は時間が巻き戻ったことを認識できていないらしい。なんというやばい代物なんだ、≪タイムマシン≫ってのは……。これを課金してまで手に入れたい連中がいるのもうなずける。
俺は先を続けた。
「ずっと引っ掛かっていたんだよ。なぜ課金ヒントには要求される銅貨の数に違いがあるのか」
会議室に集まった面々にはピンと来ない話らしい。そりゃあ、そうだ。これは俺たち探偵に嵌められた枷なのだから。
「つまり、要求される銅貨の数に従って、ヒントの重要性も変わって来るということだ。要求される銅貨の枚数が多いほど、重要なヒントになるという寸法だ」
「で、私たちはなんでここに呼ばれてるんですか?」
美巳子が不満そうに目を細めた。
「倉光頼人が殺害された事件の真相について話したいと思う」
会議室の中に騒然とした空気が張り詰める。念のために、事件の概要をもう一度説明してやる。俺は優しいのだ。
「で、誰が犯人なんだよ?」
例の3人組のうちのひとりが焦れたように言う。
「それを明らかにする前に、ひとつ確認したいことが……」
昴に目をやる。日向が同じ空間にいることでビクついていた昴は、俺の視線を受けて石にでもなってしまったかのように硬直していた。
「な、なんですか……?」
「あんたの持っている銀行口座の預金残高を確認したい」
虚を突かれたようで、昴は絶句した。俺が詰め寄ろうとすると、視界にポップアップが現れた。
【福貴野昴の銀行口座の情報を確認するには銅貨が50枚必要です】
【購入しますか?】
思わず笑ってしまった。ポップアップを押しのけた時には、俺には確信があった。狙い通りのことが起こったのだ。
「倉光が部屋に痕跡を残して消えた。倉光は屈強な男で、そんな人間を拉致するためには相当な労力が必要だ。だが、もし倉光が自分の意思で消えたのだとしたら?」
「自分の意思で? どうしてそんなことを?」
ほの香が首を傾げる。彼女の問いには直接答えずに、俺は日向を指さした。
「そこにいる日向桜は斑大学の学生で、昴のゼミ生だ。倉光は彼女を誘拐して身代金を取ろうと画策していた」
容疑者たちの中に怪訝そうな溜息が漂う。七田が鬼の形相で俺を睨みつけている。俺が昴と日向の関係性について暴露すると思っているのだ。
「倉光はそこにいる3人組とつるんでいた過去があったように、根っからの善人というわけじゃない。倉光は昴から金を引っ張り出すために知恵を絞ったんだ。自分の担当するゼミの未来ある大切な学生の命を金で買えると考えた」
「それで誘拐を……?」
ほの香は悲しげな目を見せる。倉光の過去を知っていただけに、それを昴に隠していたことを公開しているのかもしれない。
「日向は襲われて気を失ったと証言した。気がついたら車の中で縛られていて、公園で解放された、と。つまり、身代金は支払われた。そのことは、七田が認めている。そうだな?」
七田は俺の考えを測るように鋭い目を向けてきたが、やがてうなずいた。
「はい……。旦那様が身代金を」
全員の視線が昴に集まる。昴は汗を流しながら、ゆっくりとうなずいた。
「誰かに話せば、日向さんを殺すと脅されたんだ……。金を出せば人の命を救えるのなら……そう思って金を払ったんだ」
ほの香も美巳子も初耳のことに半信半疑の表情だ。
「そんなことに巻き込まれてたの、あなた……。言ってくれればよかったのに……」
そう言ってほのかは昴を抱きしめた。なるほど。こういう未来もあったわけだ。俺は往年の探偵たちが選び取ってきた静謐なる真実に思いを馳せながら、静かに宣言した。
「犯人はあんただ、福貴野昴」
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