第19話

 昴が浮かべた安堵の表情がずっと引っ掛かっていた。

 会議室の中では、ほの香がさめざめと涙を流していて、その隣に美巳子と七田が寄り添っている。七田は俺に恨みを込めた視線をぶつけているし、少し離れた場所で昴は意気消沈している。例の3人組は結局名前を覚えられないまま部屋を出て行った。


「めちゃくちゃになっちゃいましたね……」

 アルが沈痛な面持ちで俺のそばにやってきた。

「真実を告げるってのは、こういうことなんだよ」

「残酷なものですね」

「小説みたいに綺麗に終わるわけじゃない」

「ついに課金しないで真実まで辿り着いちゃいましたね」

「課金システムのせいで、≪運営≫は事件に関するヒントを間接的にばら撒いてるんだよ。それが奴らの敗因だな」

 アルはニヤリとした。

「銅貨5枚くらいなら課金するかと思ってましたけど、生粋の守銭奴は筋金入りですね」

「てめー、いつも一言余計なんだ──」

 その時、妙に引っ掛かっていた事実が俺の中に痛烈な雷撃を呼び起こした。

「ん? どうしました?」

 俺は持っていた≪コカイン≫の瓶2本の蓋を開けて、どちらも飲み干した。頭の芯がじんじんと脈打って、視界がどんどんクリアになっていく。

「大丈夫ですか? 目がキマッちゃってますよ」


 警察は事件の情報を整理して、真相に近づけるようなものは課金要素としてロックしていた。どうしてそのことについて、もっと深く考えられなかったのか……!

「そうだ……、そういうことだったんだ」

「比嘉探偵、私にも分かるように教えて下さいよ。何があったんです?」

「事件の真相が分かった……」

「はい?」アルが素っ頓狂な声を発する。「それはさっき披露したでしょう。≪コカイン≫でキマッちゃって記憶飛びましたか?」

「うるせー。容疑者連中をもう一度集めてこい!」

 アルはぽかんと口を開ける。

「いや、無理ですよ」

「は?」

「推理は一度しか披露できませんよ。何回もできたら誰だって名声を気軽に上げられちゃうじゃないですか」

「じゃあ、どうすんだよ!」

 アルの襟首をつかんで頭を揺さぶる。

「ぐ、ぐるじい……! おぢづいで……びがだんでい……!」

「いや、待て! おい、アル! 探偵コマンドってなんだ!」

 床に突き飛ばしたアルが首元を押さえながら俺を見上げた。

「なんですか、いきなり……?」

「探偵コマンドってなんだ? 前にそんなこと話してただろ」

「ああ、あれは……私は体験したことがないですが、探偵はナノマシンで網膜に映像を投影されているじゃないですか。あそこに表示される選択肢が探偵コマンドなんですよ」

 最後に現れたポップアップは……【推理を開始しますか?】だったはずだ。俺は≪タイムマシン≫を取り出した。

「あっ! それがあればやり直せるじゃないですか!」

 アルが叫んだ。≪タイムマシン≫は最後の探偵コマンドをやり直すことができるアイテムだ。

 こんなことを言いたくはないが、今回ばかりはこれを寄越してくれた≪運営≫に感謝しなければならない。

 俺は息を飲んで≪タイムマシン≫を起動した。

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