第18話
【推理を開始しますか?】
「はい」を選択して、俺は咳払いをする。警察署の会議室に集まった面々を前に、ついに、
「さて」
と発するに至った。
「ええと、これはどういうことなんでしょうか? なぜ私たちが呼ばれたんですか?」
関係者のひとり、ほの香が恐る恐る声を上げた。会議室には例の3人組と日向桜、そして福貴野家の3人と七田が並んでいる。ちょうど不自然に空いたスペースもない。
例の3人組と日向を会議室にぶち込んでも4人分のスペースがあったので、福貴野家の連中は人数合わせで呼ぶことにした……そんなことは言えないから、ほの香の問いには探偵らしく答えるしかない。
「分かったんだよ。倉光頼人を殺害した犯人が」
会議室に驚きの声が広がる。
「誰なんですか! 教えて下さい!」
七田が懇願するように言うが、ここは探偵らしく冷静に返すのがセオリーだ。
「まあ、落ち着け。順を追って説明して行こうじゃないか」
倉光頼人は10月13日の午後9時半から10時頃の間に福貴野家の屋敷から姿を消した。
倉光の部屋の窓は開いたままで、床には倉光の血痕が落ちていた。屋敷の塀から伸びる警報装置のケーブルは切断されており、計画性を感じさせた。
倉光は2日後の10月15日午前2時過ぎに殺害され、斑中央公園の池に浮かんだ。
午前3時頃に公園にいた3人組の若者は、池に死体は浮いていなかったと証言。公園の駐車場に設置された防犯カメラには、午前3時40分頃に黒いバンがやって来るのが映っていた。池に死体が浮いたのは、午前3時40分以降と考えられる。
事件の概要を説明する間、昴は日向の様子をチラチラと盗み見ては不安げな表情を隠し切れないようだった。不倫はするもんじゃない。
静まり返る会議室の中で、俺はひとりの容疑者を指さした。
「倉光頼人を殺害したのは、日向桜、あんただ!」
驚きの声が容疑者たちの間から漏れ出る。
「どうして私が!」
日向は悲鳴にも似た悲痛な叫びを上げた。
「あんたは倉光頼人が姿を消したあの夜、福貴野家の屋敷にいた」
ほの香の表情が一変する。
「どういうこと?」
彼女の隣で七田が顔面を蒼白にしていた。昴は脂汗でじっとりと濡れている。
「あんたは襲われて気絶をしていたと言っていたが、それはウソだ」
「ウソじゃない!」
「あんたの真の目的は、昴から大金を得ることだった。だから、彼に近づいたんだ」
きな臭い空気を察知したのか、ほの香が燃えるような目を昴に向けた。
「ちょっと! どういうことなのか説明して!」
「ち、違うんだ、ほの香……。彼女は──」
昴は焦燥感にまみれた表情で日向を一瞥すると、その先の言葉を飲み込んでしまった。
「彼女は昴と男女の関係にある」
アルが口をあんぐりと開けて、七田を見た。彼女は口元を押さえて首を振っていた。
「どういうことなの!」
ほの香が昴に飛び掛かると、会議室の外で待機していた警察官が慌てて飛び込んできた。狂戦士のようなほの香を昴から引き剥がすことに成功した警官たちは、夫婦の間に立って緩衝材になるほかなかった。
「あの夜、昴は日向を離れに連れ込んでいた。一方の日向には計画があった。自分が誘拐されたように見せかければ、昴は誰にも言えずに身代金を払うと見込んでいたんだ。そして、姿を消した。倉光が自分を捜索するため、拉致されたように偽装しているとは知らずに。身代金をせしめた日向だったが、そこに倉光が現れる。昴から金を騙し取る計画がバレた日向は口封じのために倉光を殺害した……。それがこの事件の真相だ」
「ちょっと待って下さい!」日向が叫ぶ。「私はお金なんか貰ってない! 昴さんのことが好きなだけ!」
これにはほの香が黙っていない。
「あんたぁ! この期に及んでバカげたこと言ってんじゃないわよ! あんたもなんとか言いなさいよ!」
隣の昴をボコボコにしようとするほの香を警察官たちが封じ込める。昴は怯えたように口を開いた。
「君は……そんなことを考えていたのか……!」
そう言葉を投げかけられて、日向は膝から崩れ落ちる。
「違うの! その人の言ってることはデタラメよ! 信じないで!」
昴は首を振った。
「ほの香……すまない。僕はあの女に騙されていたんだ……」
涙ながらに不貞を告白した昴の頬にほの香の手のひらがぶつかって、虚しい音を立てた。
会議室から連れ出されていく日向を横目に、昴は肩の荷が下りたのが、どこかホッとした安堵の表情を浮かべるのだった。
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