第17話

 七田はもう覚悟を決めたようだった。真っ直ぐな目で俺を見つめていた。

「あの夜に失踪したのは、倉光さんではなく、日向さんなんです」

「なんだと? じゃあ、倉光の部屋の様子は……?」

「倉光さんが拉致されたように見せかけて擬装したんです」

「警報装置を切ったのも倉光か?」

 七田はうなずく。アルは驚愕の表情を顔に貼りつけていた。

「なんだってそんなことをしたんですか?」

「日向さんがいなくなって……、でも、表沙汰にはできませんでした。旦那様と日向さんの関係がバレてしまうから。だから、倉光さんは日向さんを捜索しに出て行くついでに、自分が拉致されたように見せつけた方がいいと言って……」

「なんでそんなことを言ったんだ? 警察が動くだろ」

 七田は首を捻った。

「あの時は旦那様も含めて私も倉光さんも混乱していて……。お嬢様が屋敷の中にいたので、なんとか大事にならないようにと私も思っていたんですけど」

「倉光さんが日向さんを探しに行くと屋敷から出なくてはならなくなるわけで、それよりも自分が拉致されたように見せて日向さんがいなくなったことを掻き消そうとしたのかもしれませんよ」

 アルが思慮深そうなことを言う。思わず否定しようとしたが、よく考えるとアルの推測も筋が通ってはいる。不倫の事実を拉致事件で上書きしようという、極限状態でしか思いつかないようなアイディアだ。

「で、日向桜は見つかったのか?」

「それが……」七田はさらに周囲を気にするように声を落とした。「日向さんがいなくなって数時間後に犯人から身代金を払うようにと旦那様に連絡が」

「はぁっ?! 身代金?!」初耳すぎてぶっ倒れそうだった。「それで払ったのか?」

 七田はうなずいた。

「いくらだ?」


【話の続きを聴くには銅貨30枚が必要です】

【購入しますか?】


 ええい、忌々しい≪運営≫どもめ。ここにも課金ヒントを散りばめていやがったか。俺はポップアップを掻き消して、別の質問を投げかけた。

「で、日向は解放されたのか?」

「はい。今は自宅にいるそうです。本人からも連絡がありました」

 不倫が露見しないようにひとつの事件を丸ごと隠蔽していたというわけだ。あまりのことに俺は頭を抱えずにはいられなかった。アルは言う。

「昴さんの預金残高かなんかを調べられれば、すぐに分かったかもしれないですね」

「そんな池井戸潤の小説みたいなこと、俺だってやりたかったわ」

 アルが目を見開いて迫る演技を披露する。

「減ってるんですよ、残高が……いっ・せん・まん!」

「それで昴は膝から崩れ落ちるんだろ。分かる分かる」アルと意気投合してしまって、居所が悪くなる。「まあ、そんなもの調べようとしても絶対課金要素だろうけどな」

 日向の住所を聞き出して福貴野家の屋敷を出ようとすると、七田は懇願するように言った。

「くれぐれも奥様とお嬢様には今の話は内密に……」

 俺は溜息をついた。

「約束はできんが、努力はする」

 そう答えた俺に、七田は絶望を滲ませた視線を投げかけた。


 日向桜は大人しめな女子大生だった。いわゆる清楚系のメイクとファッションだが、そういうのが案外不倫に首を突っ込むというのはよくあることだ。

 日向は自宅に俺たちが現れると、魂が抜けたように口を開け放してしまった。数人しか知らなかった不倫が明るみに出たこともさることながら、倉光の死が彼女を苛めているようだった。俺の話を聞くと、ゆっくりと深くうなずいて、彼女は涙を流した。

「なんで今まで黙ってた?」

 厳しめに問いを投げると、日向はまた大粒の涙をこぼした。泣けば済むと思っている人間がいることは事実だ。

「喋ったら殺すと脅されていて、言えなかったんです……」

「不倫もバレずに済むから、渡りに船ってやつだな」

 日向は目をひん剥いて俺を睨みつけた。

「ひどい……!」

「犯人は見たのか?」

 日向は怒りを露わにしながらボソリと答える。

「顔を隠していたので分かりませんし、襲われて気を失っていて、気づいた時には車の中で縛られていて……」

「公園で解放されたのか?」

 日向はうなずく。

「どこで襲われた?」

「それが……」


【話の続きを聞くには銅貨20枚が必要です】

【購入しますか?】


 久しぶりに出てきたポップアップを脇へ追いやる。

「犯人の特徴は?」

 日向が口を開こうとするその瞬間、


【話の続きを聞くには銅貨5枚が必要です】

【購入しますか?】


 またもや邪魔が入る。

「クソがぁ!」ポップアップを払いのける。「なんだ銅貨5枚って! ちょっとなら俺が課金するとでも思ってんのか!」

「お、落ち着いて……比嘉探偵!」

 簡単に振りほどけるアルの羽交い絞めを抜け出して、俺は言った。

「まあ、いいさ。犯人は分かった。関係者を警察に集めようじゃないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る