第10話

 倉光の死体は斑中央公園の池のそばに横たえられていた。

「第一発見者は、この公園を毎朝散歩していた老人だった。彼の話では、午前5時ごろに池の周囲の遊歩道を歩いていて、倉光さんが浮いているのに気づいたそうだ」

「拉致されて殺されたってことでしょうか……?」

 アルがボソリと言う。その声は少し震えていた。

「なんだ、お前。死体に直面するのは初めてなのか?」

「ま、まあ、そうともいいますね……」死体くらい蒼白な顔面でアルはうなずいた。「そういう比嘉探偵はどうなんですか?」

「俺も死体は初めて見る。死んだ牛や豚の肉片はよく見てるんだがな」

「……食材をそんな風に見てる人いないですよ」

 死体のそばの星尾に質問を投げかける。

「で、倉光の死亡推定時刻は?」

「ああ、それは……」


【倉光頼人の死体の情報を聞くには銅貨が20枚必要です】

【購入しますか?】


「もういい! 俺が自分で調べる!」

 星尾の不敵な笑みを振りほどいて、倉光の死体のそばに膝を突く。隣で俺の真似をするアルが小声で尋ねてくる。

「法医学の知識でもあるんですか?」

「あるわけねーだろ。だが、課金するよりはマシだ。ほら、なんかあるだろ、死後硬直とか死斑とか調べればいいんだろ?」

 とはいうものの、死体に触れるのも憚られて、情報を得る術がない。

「ん? どうしたんだ? 死体の情報でも聞くか?」

 星尾の悪魔の囁き。俺は悪魔の顔を睨みつけた。

「俺は言ったはずだ。死んでも課金しねーぞってな」

「フン、意固地な奴め。まあ、いいさ。課金したくなったらいつでも聞いてやるぞ」

 高笑いを上げて星尾は腕組みをして俺たちと距離を置いた。


「そうだ!」

 アルは突然大きな声を出すので、反射的にその頭を引っ叩いてしまった。アルは頭を押さえると、俺を恨めしい目で睨みつけた。

「何するんですか……」

「急にでかい声出すなよ! 何かあったのか?」

「≪死体検案書≫、使いましょう」

「そういえば、そんなものあったな」

 意外と使いどころのあるものを手に入れていたものだ。≪死体検案書≫を取り出すと、目の前にポップアップが出現した。


【≪死体検案書≫を1個消費して、倉光頼人の死体情報を以下の項目からひとつだけ明らかにすることができます】

【死亡推定時刻】

【死因・外傷】

【胃の内容物】

【血中の成分】

【既往歴】

【経済状況】


 他にも続々と項目が視界に溢れ出すので、俺は慌てて死亡推定時刻の項目を選んだ……選んでしまった。


【倉光頼人の死亡推定時刻:本日・10月15日午前2時7分】


「午前2時7分……死体発見の3時間くらい前か……」

「ということは、拉致されてから29時間後ということですか」

「う~ん……」

「そういえば、犯人像が絞れてくるとおかしなことになるって言ってましたけど、あれは何だったんですか?」

 こいつ、意外と記憶力は良いのかもしれない。俺は星尾を見た。

「福貴野家に犯人からの連絡はなかったのか?」

 星尾は首を振るだけだ。アルが顔をしかめる。

「どういうことですか?」

「誰かを拉致したのなら、犯人には何らかの要求があるはずだろ」

 アルはしばらく考えて、手を叩いた。

「身代金! 今回の倉光さんの拉致は身代金目的で……」

「だが、そうなると理屈が通らない」

「どうしてですか?」

「犯人がめちゃくちゃ強い単独犯であれ、複数犯であれ、なぜ屋敷にいた美巳子や七田を狙わなかったのか、ということだ」

「たまたまチャンスがあったからでは?」

「だが、犯人は警報装置を解除してる。計画性があるんだよ」

 アルの眉間に深いしわが刻まれる。

「ということは、犯人は初めから倉光さんを狙っていた?」

「しかも、初めから殺す目的でな」

 俺が結論をつけると、アルは大きく息を飲んだ。

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