第7話
とりあえず、応接間に軟禁状態だった3人を解放すると言うと、途端に俺はこの場の救世主に生まれ変わった。チョロいもんである。
倉光が本当に事件に巻き込まれたのかということも含め、3人にはこの場で喋れないこともあるはずで、それを聞き出したいというのも理由のひとつだった。
応接間に残って3人に今後の説明をするらしい星尾と別れ、俺たちはこの屋敷の離れに向かっていた。
「外部犯の仕業とみて間違いないでしょうね」
アルが自信満々にそう断じた。探偵然とした表情が腹立たしい。
「なんでそう言い切れるんだよ」
「いいですか、比嘉探偵」アルが人差し指を立てて解説モードに入る。できることなら、その人差し指をへし折ってやりたい。「警報装置が解除されていた。窓が開いたまま。倉光さんの部屋の床には血痕。彼は侵入した何者かに襲われて連れ去られたんですよ」
「何のために?」
アルは俺を包み込むように微笑んだ。
「それを考えるのが探偵というものですよ」
「てめーが言い出したんだろ」
「まあ、どのみち、倉光さんを連れたままではこの街から出るのは容易ではないでしょうね」
アルの言う通りだった。
斑町は≪探偵特区≫であり、実証都市でもある。街に通じる道路は常に検問が置かれ、街の境界は常に監視網が敷かれているのだ。そんなことをする暇があるなら犯罪が起こらねーようにしろと口酸っぱくなるほど言いたい。
離れに辿り着く。倉光の部屋からはずいぶんと遠い。
「比嘉探偵の事務所と比べると宮殿みたいですな」
「いちいち一言が余計なんだよ、もやし野郎」
アルが俺をパッと振り返った。
「どうして私の小学生時代のあだ名を知ってるんですか?」
やっぱりそう呼ばれてたか、こいつ。
アルの中で俺の探偵としての評価が少しだけ上がったようだった。眼を輝かせるアルを無視して、俺は離れのドアを開く。そこは離れというより、研究室のようだった。壁際に天井まで届く本棚には溢れんばかりの蔵書。パソコンが置いてあるデスクの上にも本の塔が築かれている。部屋の多くにはリビングスペースもあって、ソファベッドが置いてある。
「比嘉探偵なら、ここで生活できそうですね」
「うるせー」
離れの中からは、屋敷の音はおろか、周囲の庭の音も聞こえてこない。しっかりした造りなのだ。
「それにしても、学者というのは本当にこの量の本が頭の中に入っているんですかね。……ああ、比嘉探偵に聞いても意味がありませんでしたね」
「やっぱりお前、喧嘩売ってるだろ」
アルを睨みつけた視界の隅で、何かが目に入った。ソファベッドの下だ。近づいて目を凝らすが、視界がかすんでよく見えない。さらに近づこうとしたところで、
【このアイテムを調べるには銅貨40枚が必要です】
【購入しますか?】
と、ポップアップが邪魔をする。
「ええい、邪魔だ!」
アルへの苛立ちも相まって、なんとか首を動かしてポップアップの向こうを確認しようとする俺を、おぞましいあの感覚が襲った。
すさまじい吐き気。額から溢れ出る脂汗。頭がズーンと重くなって、耳も遠くなる。手が痺れだし、視界にノイズが入り始める。
俺がその場に膝を突いて蹲ると、アルが慌てて俺の身体を引きずって、ソファベッドから遠ざけた。アルの膝の上で、悪寒と吐き気に耐える。
「比嘉探偵、無茶をしないで下さい!」
返す言葉もない。いや、言葉を返す余裕もない。
死を覚悟させられるような、この感覚……。
「いいですか。ロックされた領域を無理矢理にでも回避しようとすれば、体内のナノマシンによる警告が発せられるんですよ」
そんなことは分かっている。
しばらく動けるようになるまで、身動きが取れなかった。
「比嘉探偵……」
アルが心配そうに俺を覗き込む。さすがに、この状況には面食らっているのだろう。
「ヒントを調べるには、銅貨が必要ですよ。購入しましょう」
【初回購入でオマケ銅貨150枚つき! 銅貨450枚3000円!】
【購入しますか?】
「なんだ、てめえはあああぁぁ!!」
飛び起きた俺をアルは驚愕の目で見つめた。
「ホントに課金したくないんですね……」
「あたりめーだろ! さっさと話聞きに行くぞ!」
「元気になったようで、よかったです……」
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