第5話

 警官が悠然とパトカーから戻ってきて、規制線のテープを持ち上げた。

「手続きを済ませておいたぞ。これでこの事件の捜査権は君のものだ」

 アルは唖然とした表情を浮かべていたが、事は俺の計算通りに進んでいる。

「刑事は来てるのか?」

 警官は親指で屋敷の中を指さした。門の方から白髪交じりの短髪の男がやって来る。高そうなチェック柄のスーツに、なぜかコーヒーショップのカップを片手に携えている。ここを社交場かなにかと勘違いしているらしい。

 言っておくが、この街じゃ、刑事ってのは事件案内人みたいなものだ。事件の情報を整理はするが、あとは俺たち探偵に丸投げすればいい。この街が警察官たちを全国に誇れる唯一のところは、金絡みの汚職と縁遠いことくらいだろう。


星尾挙ほしおあげるだ。よろしく」

 星尾刑事は手を差し出してきた。俺はそれを無視した。仲良しごっこをしてるわけじゃない。

「何が起こったのか教えてくれ」

「いいとも。現場まで行こう」

 星尾が先導して屋敷の敷地の中に入って行く。塀の中は規模は小さいが庭園がある。

福貴野昴ふきのすばるがこの屋敷の主人だ。斑大学で経営学を教えている教授だな」

「教授って儲かるのか」

 白亜の建物はシンプルだが2階建てで大きい。俺の事務所が2000個くらい束になってようやく価値の上では互角の戦いができそうだ。

「福貴野教授といえば、≪探偵運営局≫の運営にも一役買っていた人物だったと思いますよ」

 アルが説明をすると、星尾が感心したようにうなずいた。敵の仲間というわけだ。


 俺たちは星尾の後について屋敷の中に入り、1階の長い廊下の先にある部屋に辿り着いた。まだ辺りには警官の姿があるが、どいつもこいつも事件を整理しているだけだ。

 閉じていたドアを星尾が開ける。よさげなホテルの一室のようだった。大きなワンルームが2つに仕切られていて、奥にベッドルーム、手前がテレビやパソコン、テーブルやソファといったような家具家電類が置かれたリビングルームになっている。部屋の主はどこにもいない。入口の向かい側にある窓が開け放たれたままだった。そこから裏庭の様子が見える。

倉光頼人くらみつらいとはこの屋敷の住み込みの使用人で、力仕事や警備的なこともやっていたらしい」

 そう言って、星尾はスマホの画面を見せてきた。屈強そうな男が写っている。

「使用人によれば、昨夜の10時頃にこの部屋の異変に気付いたらしい。倉光さんが忽然と姿を消したんだ。今朝になっても姿が見えないというので警察に通報したようだ」

「失踪事件か」


 ベッドルームに向かうと、床に僅かながら血痕が落ちているのが分かった。そのそばにしゃがみ込む。床はカーペットが敷き詰められている。ベッドやまわりの状況からは荒らされた様子がないことが分かる。

「血液は倉光さんのものと確認されている」

「襲われて拉致されたのか」

「どうだろうな」

 星尾は明言を避けた。というより、警官は結論を出さない。それがこの街だ。

「比嘉探偵」

 隣のリビングルームからアルの声がする。彼はデスクを指さしていた。

「彼の所持品を調べれば、何か分かるかもしれません」

 近づこうとすると、ポップアップが現れる。


【倉光頼人の所持品を調べるには銅貨20枚が必要です】

【初回購入でオマケ銅貨150枚つき! 銅貨450枚3000円!】

【購入しますか?】


 俺は無言でアルの頭を引っ叩いた。事件捜査もろくにできやしない……!

「使用人の話じゃ、この屋敷の警報装置は事件当時解除されていたらしい。塀を越えて屋敷に侵入しようとすれば、警報が鳴るはずだった」

「解除はどうやって?」

 星尾はピースをした2本の指をピタリと合わせた。

「塀から伸びるケーブルが切られてた。犯人は事前にこの屋敷の警報装置について調べていたんだろう」

「この屋敷に警備室みたいなものはあるのか?」

「あるとも。ちょうど案内しようと思ってたんだ」

 そう言って星尾は手にしていたコーヒーに口をつけた。お気楽なもんだ。


 警備室に入ろうとしたが、俺の視界に忌々しいポップアップが飛び出した。


【警備室を調べるには銅貨30枚が必要です】

【初回購入でオマケ銅貨150枚つき! 銅貨450枚3000円!】

【購入しますか?】


 俺は星尾のスーツの襟を掴んで引き寄せた。

「俺は! ぜってー! 課金しねーぞ!」

 星尾は余裕綽々の様子で笑った。

「面白い。気骨ある探偵だ」

 そうかい。バトルは始まってるってわけかい。

 クソったれめ!

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