第4話

 世界指折りの犯罪都市・斑町にも閑静な住宅街というやつは存在している。

 斑町海江戸かいえとはちょっとした高級住宅街だ。この辺りには、それなりの豪邸が並び、≪運営≫の事件リストでは、ランクやレベルの高い事件が発生しているようだった。金が集まる場所には人が集まり、人が集まるところに事件が集まるのだ。


 しばらく住宅街を進むと、パトカーの赤い光がチラチラと見えてきた。少し先の屋敷の前に警察車両が停まっている。その周囲には、少しばかりの野次馬が駆けつけていて、その数の少なさがここが海江戸であることを物語っている。

 近づこうとする俺に、屋敷の塀に寄り掛かっていた丸サングラスをかけた怪しい男が声を掛けてきた。

「やあ、探偵さん」男はニヤリと笑った。「良いもの揃ってるよ。捜査に向かうなら準備しておくに越したことはないぜ」


【ショップ】

【タイムセール! ≪タイムマシン≫10個セットが銅貨850枚! 15%OFF!】


「勝手にショップメニューを出すな!」

 男を押しのけようとしたが、びくともしない。

「≪コカイン≫も揃ってますぜ」


【≪コカイン≫:1個5000シリング】

【購入しますか?】


 俺は蚊の大軍を追い払う時のように両手でポップアップを振り払った。男はようやく諦めて去って行った。これぞ斑町の課金トラップだ。クソが。


 規制線に近づく俺にアルが小声で話しかけてきた。

「私の想像を言葉にしてもいいですか?」

「なんだよ。いつになく控えめだな」

「まさかとは思いますが、あなたは強引にここの事件に首を突っ込もうとしてませんか?」

「そうだけど、それがなにか? 俺は偶然この通りを歩いてて、偶然何かの事件が起きてるらしいここを通りかかっただけだ」

 アルの表情が見る見るうちに曇っていく。

「さっき≪探偵運営局≫で事件リストを見ていたのは、事件が起こっている場所を盗み見るためだったんですね……。なんという悪知恵! なんというドケチ! なにという浅ましさ!」

「バカめ。どうとでも言え。向こうが意地でも課金させようとするなら、こっちは意地でも課金しねーんだよ。これは俺と奴らとの戦いなんだからな」

「そういう発想は中二を過ぎたら自然と丸くなるものですよ」

「うるせー」

 さすがに居心地の悪そうなあるを無視して、規制線のそばに立っている警官に声を掛けた。


「偶然通りがかった探偵だが、ここで何か起こったのか?」

 警官は手首の腕時計を一瞥した。よく見れば、高級腕時計だ。警察は課金システムの恩恵でここに立つような下っ端すら潤った日々を過ごしていやがる。

「ん? 探偵か。じゃあ、事件の捜査手続きをするからちょっと待っててくれな。ちなみに、高速解決を希望なら、銅貨1200枚でできるがどうする?」


【≪名探偵の閃き≫を購入するには銅貨が1200枚足りません】

【銅貨1.2倍キャンペーン! 通常10000円で銅貨1000枚分のところ、銅貨1200枚!】

【購入しますか?】


「だー! うるせー! 要らねーから、さっさと手続してきやがれ!」

 警官は小物でも笑い飛ばすようにして歯を見せると、パトカーの方へ歩いて行った。

 どいつもこいつも俺に課金させようとしやがる。アルが俺の方にそっと手を置く。

「毎日のコーヒー一杯を我慢するだけで、事件解決が効率的になるんですよ」

「やかましい。俺は事件解決に効率なんか求めてねーんだよ」

 アルは意外そうに目を丸くすると、身を引いた。


「旦那」突然喋りかけられて飛び上がりそうになったが、何やらニヤついた男がこちらを見ていた。「あっしはブンヤなんですが、ここで起こった事件について記事にしようと思ってんです。もしよければ、旦那の活躍も記事に載せましょうかい?」

「おお、そうか、じゃあ……──」


【名声を大量に獲得するチャンス!】

【≪記者の電話番号≫を使えば、事件解決時に獲得する名声が2倍になります!】

【≪記者の電話番号≫を購入するための銅貨が足りません】

【購入しますか?】


 気が狂いそうだ。記者を蹴り飛ばして退散させる俺のそばに、中年女性が近づいてくる。

「あの……聞きたいことがあるの」

「なんだ!」

 俺はムカムカを露わにしながら尋ねると、


【この女性の話を聞くには、銅貨50枚が必要です】

【初回購入でオマケ銅貨150枚つき! 銅貨450枚3000円!】

【購入しますか?】


「だらっしゃあああああああ!! お家に帰ってワイドショーでも観てろ!」

「比嘉探偵、おちつ、落ち着いて……!」

 ヒョロヒョロのアルの腕が俺にまとわりつくが、簡単に振りほどけてしまう。それが逆に俺の怒りを萎ませた。

「おい、いいか!」俺は周囲に聞こえるように大声を上げた。「俺に課金させようとするやつは敵とみなすからな!」

 金食いの亡者どもめ。

 俺の怒号は青い空に虚しく響き渡っていた。

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