第3話
言っておくが、この街の警察は悪徳を通り越して支配者だ。
俺たち探偵から巻き上げた金で建物は無駄に豪華で、警官も羽振りがいい。それでもこの街に探偵が集まるのは、一攫千金や名声を夢見ているからだ。
この街じゃ、探偵を開業する申請をすれば、ほとんどだれでも探偵になれる。そうすれば、≪運営≫曰く「手厚いサポート」を受けられるようになる。俺のあのボロ小屋も≪運営≫が用意したものだ。探偵になる時には必ずナノマシンを注射される。それで情報を管理したり、課金システムを構築しているらしい。
……そんな金があるんだったら犯罪率を下げる努力をしろよ。
≪運営≫の建物はバロック様式の荘厳な建築だ。バロック様式は権威を示すように豪奢だ。俺は警察がラスボスで、ここが真の黒幕の根城だったとしても驚きはしない。
「さあ、比嘉探偵、参りますよ」
アルが張り切って俺を先導する。短い金色の髪が微かに靡いている。白い肌とヒョロヒョロの身体が相まって、服を引っぺがしたらもやしみたいになりそうだ。
広大なロビーの頭上には、浮遊大陸みたいなシャンデリアがぶら下がっている。深紅で毛足の長い絨毯が床全体を覆っている。俺なら、ここの床で寝る方が自宅よりもグレードが高い。だが、この絨毯も探偵たちの血の結晶だと思うと反吐が出そうだ。
事件受託の窓口までアルに先導されてやってきた。
「いらっしゃいませ」受付の女子職員はなぜか眼帯をしている。「事件受託窓口へようこそ!」
【説明を聞きますか?】
俺の特技は分かった振りをすることだ。
「事件を受託したいんだが」
女子職員はカウンターの下から事件がリストアップされた帳簿を引きずり出して俺の前に置いた。
「比嘉沈さんですね。あなたは探偵ランクが≪ひよっこ≫なので、受けられる事件はとても簡単なものになります」
ざっと目を通すだけで、俺がこれまで片付けてきたようなペット探しや落とし物の捜索くらいしかない。ページをめくろうとすると、女子職員が小さく笑った。
「比嘉沈さんは、探偵レベルが4ですので、そちらのページの事件は受託できませんけどね」
アルを振り返ると、「困りましたねえ」と言うように肩をすくめた。いちいち鼻につくことをしやがる野郎だ。
「事件受託のためには探偵ランクだけでなく、探偵レベルも成長させなければ、大きなヤマを受託することはできませんよ。まあ、比嘉探偵の場合、そうなるためには年単位で時間が必要でしょうがね」
「てめーは姑か」
俺は女子職員が嘲笑するのを無視してページをめくる。事件リストには、俺の視界の中の拡張現実によってすべて「受託不可」と表示されている。俺は溜息をついて、帳簿を閉じた。
「受託しなくていいんですか?」
女子職員が尋ねてくる。
「また今度来るわ」
「今なら、スターターパックを購入すれば≪捜査依頼状≫を入手できますよ。レベルに関係なく1件だけ事件を受託できます。他にも、≪事務所拡張パーツ≫や≪無実の証拠≫などがセットになっていてお得ですよ」
【スターターパック5000円を購入しますか?】
「ええい、鬱陶しい! 行くぞ、アル!」
アルは不服そうに俺を睨みつけた。
「空っぽの鎧みたいに呼ばないで下さい」
「なに訳分かんねーこと言ってんだ、行くぞ」
≪運営≫の建物を出た俺が速足で歩いていると、後ろからアルの声が追いかけてくる。
「ちょっと、どういうつもりですか。わざわざ窓口まで行ったのに事件を受託しないなんて……」
「あんな事件を俺は求めてねーんだよ」
「事件に大も小もないんですよ」
俺は立ち止まって振り返ると、アルの胸元に人差し指を突きつけた。
「あのな、事件ってのは、人間がひり出してんだよ。大も小もあるの。あんな事件、俺以外の奴らにやらせておけ」
歩き出す俺を追い越さんばかりのスピードでアルは俺に食い下がろうとする。
「ああいう初心者向けの事件をひとつずつ解決して、次第に大きなヤマを受託できるようになるんです。大きいヤマを今の内から受託したいのなら、スターターパックを──」
「やめろっ! ちょっとでも隙を見せたら課金チャンス発動させやがって」
「じゃあ、どうするって言うんですか」
「まあ、見てろ。俺に良い考えがあるんだ」
我ながら、悪い顔をしていただろうと思う。
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