第2話

 アルが「おっ!」と声を上げるので、俺も思わず腰を浮かした。

「≪助手用コスチュームチケット≫!」

 彼が手にしたのは、1枚の紙切れだった。

「なんだ、ゴミじゃねーか」

「なんてこと言うんですか。これで私の見た目も変えることができますよ」

「ヒョロヒョロおじさんが見た目変わったところで誰が喜ぶんだよ」

「早速試してみましょうかね」

 アルは勝手に自分のスマホでチケットのコードを読み取り始めた。結局こいつに関するものだから、文句を言う余地がないのが苛立たしい。

「おお!」アルがスマホの画面をこちらに見せつける。「≪ホワイトニットセーター≫が当たりましたよ!」

「どうでもいいわ」


 アルはご満悦の様子で箱の中を探る。これまで≪探偵神器ガチャ≫からは、アル、探偵用インバネスコート、ポリグラフ、死体検案書、助手用コスチュームチケットの5つが出てきた。あと5つだ。

「おお~!」

「今度はなんだ」

「≪タイムマシン≫!」

 と言うわりには、アルが取り出したデバイスは手のひらに載るほどのサイズ感だ。

「タイムトラベルでもできるのかよ」

「これは最後の探偵コマンドをやり直すことができる代物ですよ。ショップでは5個セットが銅貨500枚で購入できます」


【タイムマシン5個セットを銅貨500枚で購入します】

【銅貨が足りません。購入しますか?】


 俺は舌打ちをしながらポップアップを払いのける。

 このポップアップ……、俺がこの斑町まだらちょうで探偵を始める時に投与されたナノマシンのせいで視界に現れるようになった。

 斑町は世界有数の犯罪都市だ。警察の規模が犯罪に追いつけていない。そこで、斑町はここを≪探偵特区≫に指定した。この街では、探偵は刑事事件の捜査に直接介入することができる。警察は事件を整理し、探偵に事件捜査を実質的に委託している。≪運営≫は警察の直轄組織だ。

 一番腹が立つのは、警察が事件整理する技術を開発・運用するための資金と称して、≪運営≫は俺たち探偵から事あるごとに金を巻き上げようとすることだ。街を歩いてみろ。至る所に課金トラップが仕掛けてあるぞ。


「そして……≪探偵助手用捜査資料(小)≫!」

「なんでまたお前用のやつなんだよ……」

「これを使うと、私の経験値が500手に入ります」

 説明を聞いてもさっぱりだ。例によって、アルは勝手に≪探偵助手用捜査資料(小)≫を使った。……使うってのも正直どういう行動なのか分からん。

「これは……!」

「なんだ?」

 アルは自分の両手に目を落とした。そして、私を見る。

「なにか……よく分かりませんが、成長したような気がします。レベルが2になりましたよ」

「レベル2になったら何ができるんだよ」

 アルはしばらく考えて、「さあ」と首を捻った。

「てめーの心持ちがちょっとだけ変わっただけじゃねーか!」


「あとは≪コカイン≫が3つですね」

 商店街のガラポンくじで赤玉が出た時みたいな口調で、アルが茶色の瓶を3つテーブルの上に並べた。

「≪コカイン≫かよ……」

「でもまあ、スタミナを50%回復してくれるのはありがたいじゃないですか」

 ナノマシンの作用のせいだろうか、この街じゃ、探偵活動を行っていると妙に体力の消耗が激しいのだ。寝たり、食事をとったり、とにかく無為な時間を過ごせばそのうち回復するわけだが、悠長に休んでいる場合ではない時もある。そういう時に≪コカイン≫を使えば、頭がスッキリするのだ。

 ……言っておくが、そういう名前の栄養剤だぞ。ホームズが窓辺でぶち込んでたアレじゃない。


「あとは、5000シリングです」

 ジャラジャラと小銭がテーブルの上にばら撒かれた。シリングはこの街でしか使えない通貨だ。もはや価値なんてない。俺だって、この2か月で200万シリングほど手に入れた……送りつけられたと言ってもいい。

「ちょっと待て。これで全部じゃねーか」

「そうですね。おめでとうございます」

「なにがめでてーんだよ! 結局、お前用のやつに2枠取られちゃってんじゃねーか!」

 アルは顎をさすりながら考えを巡らす。

「それはきっと、私が派遣されたことで探偵助手の枠がアンロックされて、探偵助手用のアイテムも出るようになったってことなんでしょう」

「てめーが元凶じゃねーか!」

 俺の2か月間はゴミを増やすだけで終わってしまった。頭を抱えていると、アルがニコリと笑った。

「さあ、≪探偵運営局≫で事件を受託しに行きましょう! 受託した事件を解決すれば、名声が手に入り、探偵ランクを上げることができますよ!」

「もう今日は動きたくないんだが……」

「じゃあ、銅貨を購入して≪探偵神器ガチャ≫をもう一度引きますか?」


【初回購入でオマケ銅貨150枚つき! 銅貨450枚3000円!】

【購入しますか?】


「やかましい! ……分かった。事件でもなんでも受けに行ってやろうじゃねーか」

 アルは屈託のない笑顔を見せる。

「そうこなくては」

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