第1話
黄ばむくらい昔のことだから覚えてないが、クリスマスの朝は俺だってワクワクして目を覚ましたもんだ。ベッドのそばにプレゼントが置いてあった。探偵が出てくる児童書が入っていた。
俺が欲しかったものじゃなかったが、そんなことも言えず、無理をして探偵の活躍譚を読んでいた。今こうして思い出してみると、俺がここにいる理由はあれがきっかけだったんだろう。
そんなことはどうでもいいんだ。
ボロ小屋の呼び鈴が鳴って、俺は飛び起きた。昨日応募していた支援物資が届いたに違いない。入口のドアを勢い良く開けると、ビシッとしたグレーのスールに身を包んだヒョロヒョロの白人男が段ボールの箱を抱えて立っていた。若いのか年を食っているのか、判別がつきづらい年齢不詳な見た目だ。
「コンニチワ!」
「……依頼か?」
男は大声を上げて笑った。
「こんなボロ小屋に依頼に来る人間なんているわけないですよ!」
「誰なんだ、てめーは?」
無礼には無礼で返すのが俺の流儀だ。NHKに取材されても、そう語ると昔から決めている。男はニコニコした顔で懐から1枚の書類を引っ張り出して俺の目の前に突きつけた。
【探偵助手派遣のお知らせ】と書いてある。男の背後を見ても、誰もいない。それどころか、でかめのスーツケースが立っている。嫌な予感がした。
「今日からあなたの探偵助手です。アルタクセルクセス・パパスタソプーロスです」
「……なんだって?」
「アルタクセルクセス・パパスタソプーロスです」
「俺を病気にする呪文か?」
「私の名前ですよ。お邪魔しますよ」
アル……なんとかかんとかは呆然と立ち尽くす俺の脇をスーツケースを引いて颯爽と通り過ぎていく。そして、事務所の中を見回した。
「ハハハ、奴隷の詰め所みたいですね」
「お前な……!」
「他の支援物資もあずかってきましたよ」
そう言って、アルなんとかは段ボールの箱をテーブルの上に置いた。手早くテープを剥がして蓋を開けようとして、俺の方を見た。
「まずは私が星3の探偵助手、アルタクセルクセス・パパスタソプーロスです」
「外れのやつじゃねーか」
「失敬な。私より2ランクも下の連中がいるってことをお忘れなく」
こいつ……、自分より不幸な人間を見て安心するタイプだ。アルは早速箱を開けて顔を突っ込むように中を覗いた。最初に箱の中から取り出されたのは、ブラウンのコートだ。
「≪探偵用インバネスコート≫ですね。見た目を変える効果があります」
「ただ着替えただけだろ、それは……」
次にアルが取り出したのは、小さなデバイスだ。
「≪ポリグラフ≫ですね、これは」
「何に使うんだよ」
「これを使うと、証言者のウソを1回見破ることができます」
「ホントかよ」
アルは不思議そうに俺を見つめた。
「探偵神器を使ったことないんですか?」
「ケチ臭い≪運営≫のせいで、これが初めてのガチャなんだ」
「ああ、だから……」
アルは得心が行ったように事務所の中を見渡した。薄ら笑いを浮かべながら。
「言っておくが、死んでも課金しねーからな!」
アルは憐れむように微笑んだ。
「いいですか、比嘉探偵。銅貨を使えば、全ての探偵行為にサポートを受けられるんです。重要な証言や証拠を調べるにも、銅貨は必要なのですよ」
「知ってる。課金ヒントだろ。なんでそんなもんに金払わなきゃいけねーんだよ」
「でも安心して下さい。いつもなら銅貨300枚が3000円のところ、比嘉探偵の場合は初回購入で銅貨450枚を3000円で購入することができます。銅貨150枚もお得なんですよ」
突然、視界にポップアップが出現する。
【初回購入でオマケ銅貨150枚つき! 銅貨450枚3000円!】
【購入しますか?】
俺は手を払ってポップアップを掻き消した。
「金払ってる時点で得じゃねーんだよ。てめーは≪運営≫の回し者か?」
アルは一丁前に肩をすくめてみせた。星3のくせに。
「まあ、必要な時は言って下さい。課金童貞を卒業するお手伝いをしますよ」
「うるせー、童貞みたいなつるっとした顔しやがって」
アルは俺の小言を無視して、次のアイテムを箱の中から引っ張り出した。
「お、これは……≪死体検案書≫ですね」
「なんでそんなもんが入ってるんだ」
「これを使えば、遺体の死亡推定時刻や死因などの情報をひとつだけ明らかにできるんです。ちなみに、ショップでは10個セットで銅貨600枚で購入できます」
【死体検案書10個セットを銅貨600枚で購入します】
【銅貨が足りません。購入しますか?】
俺はまたポップアップを振りほどくように首を振った。
もう疲れた。
だが、アルは嬉々として次のアイテムを取り出そうとしている。
おいおい、俺はいつになったら事件を捜査しに行けるんだよ……。
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