第42話 それぞれの道へ
体育館にはパッヘルベルの『カノン』が繰り返し静かに流れている。
校長先生が一人ひとり名前を読み上げていく。生徒は「はい」と返事をして壇上に上がる。その間、また別の生徒が立ち上がりスタンバイする。
私のクラスの生徒も順々に呼ばれていく。この一年間、みんな本当に頑張った。おめでとう。心の中でそう呟きながら式を見守る。式は粛々と進められ、予定通り終了した。
教室に戻り最後のホームルームを行う。改めて一人ひとりに卒業証書を渡していく。担任である私の最後の務めだ。
「じゃあ、始めるね」
男子一番から名前を読み上げる。
はい、と大きな返事をすると呼ばれた生徒が教壇の前にやってくる。卒業証書に書かれた文章を丁寧に読んだ。「おめでとう」と渡す。クラスメイトからの拍手が鳴り響く。
全体行事の卒業式だと時間の関係上、「以下同文」で済ませてしまう形式的なものになってしまうが、ホームルームではひとりひとりしっかりと証書を配りたかった。
「男子一番ということもあって何かとクラス担当になることを多かったけれど、いつも率先して活躍していて素晴らしかったわ。その積極性はこれから大学に行っても社会に行っても必ず役立つから、自分を信じてこれからも頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
また拍手が沸き起こる。筒と卒業記念品、同窓会記念品を受け取り席に戻っていく。そうやって生徒ひとりひとりにコメントをしていった。
そして佐々木くんの番になった。
「
佐々木くんは「はい」と元気に返事をして前にやってきた。私は証書の文章を読む。
「卒業証書 佐々木啓介殿 あなたは本校普通科規定の科目を習得したことをここに証明します。令和五年三月十九日岩手県立花巻高等学校 校長、上岡智久」
佐々木くんは両手でしっかりと証書を受け取った。
「おめでとう。音楽の道は厳しいかもしれないけれど、文化祭で歌った時のステージの雰囲気とかお客さんの笑顔を忘れずに夢に向かって頑張ってね」
「はい。俺、有名になります」
本気で悩んだあの時の悩みが、将来きっと役に立つし、その時過ごした、友だち、家族、学校での体験がいい思い出になってくれたらと思う。
生徒ひとりひとりに丁寧に卒業証書を読み上げていく。体育館で流れていた「カノン」が教室にも流れているかのような穏やかな時間が過ぎていく。
高校生活で頑張ってきたこと。輝いていたこと。挫折したこと。泣いたこと。夢を諦めなかったこと。
これから先の道はそれぞれ違ってくるけれど、どこかで高校生活での経験を思い出して欲しいこと。
「十文字はるか」
「卒業証書 十文字はるか殿 あなたは本校普通科規定の科目を習得したことをここに証明します。令和五年三月十九日岩手県立花巻高等学校 校長、上岡智久」
十文字さんは四月から地元の小さな飲食店に就職するそうだ。
「十文字さんの素敵な笑顔で、お客さんを幸せにしてください。頑張ってね」
「はい。先生、いろいろありがとう」
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