第40話 それぞれの結果

 一月下旬には志望大学へ願書を出し、テスト対策をしながら、同時にひとり暮らしの準備も始めた。引越し先や各種手続き、いろいろとやることが多いけれど、思いのほか、順調に進んでいた。

 雪化粧をした岩手山の肌が見えるのもそう遠くはないと思っている。

 だけどひとつだけ、もうずっと冬のままで、これからもたぶんうまく行かないのだろうと思うことがあった。もう僕がどうすることもできないことなのだけれど、僕がこの家を出ていくと同時に父さんと母さんも四月から別居するそうだ。離婚とまでは行かないけれど、なんだかそれも時間の問題のような気がする。

 僕が高校卒業するのを待っていただけで、彼らの関係性は何も修復出来てなかったのかもしれない。



 それから数週間後。土曜日に合格発表をサイトで確認して自分の番号が表示されていた時は嬉しかった。間違いなく合格していると何度も確認した。この結果を一番に報告したかったのは、両親でも友だちでもなくて、しずく先生だということはもはや言うまでもない。

 でも実際には家にいたので、まずは両親に伝え、ふたりからそれぞれ「おめでとう」と祝福された。おめでとう、これで母さんも父さんと別々に過ごせるわ、そんな風にも聞こえたけれど、さすがに思い過ごしだろう。

 それからチャットアプリでノリにも「受かった」と送った。ノリから「当然の結果だな!」と祝福スタンプ付きでメッセージが返ってきた。

 するとすぐに岩田さんからも「合格おめでとう」とメッセージが届いた。ノリが教えたのだろう。

 岩田さんは早い段階で合格が決まっていた。だからそれからはノリの受験勉強フォローに回っていた。残念ながらノリは第一志望は落ちてしまったが、滑り止めの大学の合格が決まり、晴れて二人仲良く上京するらしい。


 結局、先生への報告は週明けの月曜日になってしまった。朝一番に職員室に入り、しずく先生の背中に向かう。

 先生もちょうど学校に来たばかりのようで、高そうなキーケースをカバンにしまっていた。

「春野先生」

 先生はくるりとこちらを向いた。

「どうだった?」

 先生も僕が何しにきたのか分かっている。

「無事に合格しました」

「おめでとう」

 しずく先生はうんうん、とうなずきにっこりと笑う。先生が笑ってくれる。それだけでこの半年間、必死に勉強した甲斐があった。

 だけどそれと同時に寂しさを感じた。卒業まであと二週間。先生に会えるのももう数える程度しかないのだ。

「先生のおかげでここまでできました」

「ううん。佐々木くんの実力よ」

「そんなことないです」

「あ、須藤先生には報告した?」

「いえ、まだです」

「私に報告してくれるのは嬉しいけど、ちゃんと須藤先生にも報告するのよ。担任なんだから」

「はい」

「あ! 須藤先生、ちょっといいですか?」

「おう、佐々木、受かったか?」

 そうして須藤先生にも報告した。


 それからあっという間に二週間が経ち、いよいよ明日で僕は盛岡西高校を卒業する。

 中学からの唯一の同級生であるノリとこの高校に入学して三年。あっという間だった。僕らはいつも一緒にいて笑い合い、悩み、励まし合った。四月からはお互い別々の進路に進んでいくが、ノリとの友情が薄まることはないと思っている。そしてノリには岩田さんがいる。

 どうか二人とも幸せでいてほしい。いつだったか岩田さんと岩手公園を歩いたことがあった。彼女はあの時と変わらず真っ直ぐに自分の夢に向かって進んでいる。そういえば、あの時穿いていた埴輪スタイルのジャージは今年の冬はしていなかったのは、ノリがいるからだろうか。

 そして僕はひとつ迷っていた。最後にもう一度だけ先生に自分の想いを伝えたい。

 夏のあの日、僕は先生に想いを伝えて以来、先生に対する想いは冷めるどころかドンドンと熱くなっていった。だけど何も変わっていない自分がまた想いを伝える資格なんてないと、だからせめて先生に心配かけないように勉強だけはしっかりして、無事に合格してしっかり卒業しようと、今まで頑張ってきた。だから今ならもう一度告白してもいいんじゃないかと思っている。西高を卒業して、生徒と教師の関係じゃなくなったら、もう一度告白してもいいかもしれないと。未練がましいかもしれない。

 明日、卒業式の後、もう一度伝えようか。

 でもだけど、伝えたところで何になるのだろう。自分の想いを伝えるのは相手にとっては迷惑でしかないのだろうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る