第39話 勉強した成果を
大学の前にはすでに多数の受験生がいた。正門ではなかったが、門の前には「岩手大学試験会場」と書かれた看板が立てられていて、係の人が案内していた。
正門まで行くと遠回りになるので、僕はこのまま側面口から他の受験生と一緒に構内に入った。
葉を落とした木が側面にたくさん立ち並んでいる。なんだか森のような場所だ。
子どもの頃から岩手大学のそばに住んでいたのに、こうして構内を歩くのは初めてかもしれない。「農学部付属植物園」と案内が出ている。ちゃんと試験会場にたどり着けるか少し不安になる。曲がりくねった小道を案内に従い歩く。
岩手大学脇を何度か通ったことがあるけれど、いつも森があるようにしか見えなかったのだ。こんなことなら下見をしておけば良かった。
森がある。森ある。森あり。
倫理の登場人物だ。頭の中で倫理の教科書をめくる。明治の人。福沢諭吉。
関連するキーワードを思い出す。啓蒙思想家。明六社。
そうだ、思い出した。明治時代に明六社という開明的知識人の結社を作った人だ。その結社には福沢諭吉や西周も所属していたのだ。
大丈夫。覚えている。しずく先生の授業もしっかり覚えている。
「森有礼さんは、『
「コイツのせいかー。一夫多妻じゃなくなったのは!」
一番後ろの席で必要以上に大きな声でなべやんが言った。
「ハーレムはんたーい!」
今度は一番前の席のノリがなべやんに向かって茶々を入れた。
「おー。お前は純愛だもんなあ」クツクツとなべやんが笑う。なべやんとノリの会話は中学生のようだった。
確かこの頃はまだノリは岩田さんと付き合う前だったはずだ。
「まあまあ。いろんな考えがあっていいのよ。昔からいろんな議論が交わされてきて、いろんな考え方や生き方を学んで、私たち現代社会をよりよくするにはどうするか考えていくのが大切なんだから。でも今日はこれぐらいにして、授業の続きに戻るわよ」
一夫一婦制ときいて、しずく先生はどんな人と結婚するのだろうか、そんな想像をした。
やっぱり付き合っていると噂の新任のコージローだろうか。ただその後、さんさ踊りでしずく先生と会った時、そのことについては否定していた。
だけど夏休み明け、度々学校でしずく先生とコージローが仲良く話をしているのを見かけた。時を超えて、僕がコージローだったらどんなに嬉しいことか、そんなことも考える。
手を伸ばしても僕では届かないことも分かっている。僕と先生は生徒と教師。目線が違うのだ。僕は目の前のことにしっかりと向き合わなければならない。
だからまずは今日と明日のセンター試験で自分の力を最大限発揮しなければいけない。
農学部の森を抜けると、大きな建物が姿を現わした。受験生も係員もたくさんいる。
係の案内に従って、試験会場へ目指した。
大丈夫だ。勉強してきた成果をしっかり出すぞ、と僕は自分自身に言い聞かせて試験会場に入っていった。
「よっ」
ポンと肩を叩かれた。振り向くと、もこもこしたマフラーで鼻先まで覆った岩田さんだった。
僕らは学校に向かって歩き出す。路面が凍結しているこの時期、自転車に乗って怪我でもしたら大切な試験や面接といった進路にも影響が出てしまうので、万が一に備え歩いて登校しているのだ。
高校二年までは、平気で自転車に乗ってノリと一緒に登下校していたのが懐かしい。
「センターどうだった?」
「英語と数学が自己採点ギリギリかも。岩田さんは?」
二日間のセンター試験は無事に終わり、僕としてはどの科目も大きなミスなくやりきれたと思う。試験後すぐに予備校が発表した速報データで自己採点をしたところ、志望校のボーダーラインはなんとかギリギリ取れていた。
最後まで安心は出来ないが、ひとまずセンター試験では勉強の成果を出せたと思う。
「うちも自己採点ギリギリ。物理がヤバかった」
「他の科目で巻き返せるでしょ」
「英語はたぶん九十六点取れたと思う」
「すげー」
さすが外交関係目指しているだけある。マフラー越しにも笑っているのが分かった。
「ノリは大丈夫かな?」
試験終了後、ノリに訊いてみたところ、複数の教科でミスをしてしまったらしく、かなり落ち込んでいた。
「第一志望は厳しいって言ってた」
「やっぱそうなのか」
「でもまだ二次で挽回できるから大丈夫よ」
「だと良いな」
そういう僕も自己採点ギリギリなので安心できない。二次試験に向けて対策に取りかからなければならない。
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