第5章

第38話 センター試験


 イギリス海岸に日が落ちて

 きみの笑顔が映り込む

 それは僕の悲しみ

 アリスのように旅をする

 

 気怠そうな山猫が

 それでもまっすぐ投げかける

 「きみには無理さ」

 「大人になれよ」

 

 気づいたんだ

 どうしようもないことだって

 

 だけど……

 

 手を伸ばしてもっと

 届かないずっと

 それでもやっと

 踏み出したのなら届くかな

 届きたい

 きみの星に

 銀河の星に

 

 スパイラルスター

 時を超えて


 スパイラルスター

 時を超えて


 夏休みが明けて、僕は紫波さんの曲を何度も聞きながら必死に勉強に取り組んだ。

 自分で言うのもおかしな話だけれど、人が変わったかのように勉強に取り組んだ。伸ばし放題だった髪もバッサリと切って気持ちを切り替えた。別に失恋したから髪を切ったわけではない。平日は毎日深夜二時まで勉強をしているし、休日も食事とトイレ以外はずっと部屋にこもって、ひたすら勉強をしている。

 さんさ踊りの暴力事件は、学校経由で両親にも報告がいったようだった。

 母さんも父さんも直接その話を言及してこなかったが、あの日以降、少なくとも僕の前では二人が喧嘩することはなくなった。

 ただ二人から漂う空気からはまだ膠着状態が続いてることは容易にわかった。

 余計なことに頭を使いたくなかった。ただでさえ勉強のスタートが遅かった僕が学力を伸ばすには、一心に集中することだった。

 そうやって約一ヶ月半、全教科詰め込むように勉強した。だけど、それでも秋の学力テストでは志望校がC判定で、自分の実力が足りないことを思い知らされた。

 ノリも岩田さんと上京できるよう急ピッチで勉強していた。彼らは時には二人で放課後残りながら、分からないところを教え合いながら知識を蓄えていた。

 僕はひとりで頑張らなくてはいけない。だけど頑張れる自信がある。恋が、失恋が、こんなにも自分を掻き立てるだなんて、自分でも驚いている。

 そんなに頑張っても、期待しているようなことがないことは分かりきっている。それでも、いや、だからこそ、胸を張って進学先を決めて卒業したい。

 しずく先生に笑顔で送り出してもらいたい。だから僕は必死で勉強した。

 高校生活最後の文化祭が終わり、秋が過ぎ、すぐに冬が来て、あっという間に冬休みに入った。クリスマスも大晦日も元日もひたすらに勉強した。センター試験まで二週間を切った。

 学校が始まる前日、思い出したように近くの神社に初詣に行った。ずっと部屋に籠もりっきりだったので、久しぶりに太陽の光を浴びた気がした。でも外はまだまだ寒くて、早く春になってほしいと思った。

 神社には三が日が過ぎても多くの人で賑わっていた。花見の時のように出店もたくさん出ていたが、僕は合格祈願だけしてまっすぐ家に帰って、最後の追い込みを始めた。

 そうして学校が始まり、二週間が経ちあっという間にセンター試験当日となった。

 試験会場は岩手大学だ。僕の家からは徒歩圏内で行ける。だから普段より早起きする必要もないのだけれど、いつもより一時間も早く起きてしまった。さすがに緊張しているのかもしれない。

 自室のカーテンを開けると、白い光が部屋に入ってきた。外はまだ暗いけど雪の明るさが眩しかった。盛岡は昨日から雪が降り出している。予報では今日の夜から明日にかけて大雪になるらしい。試験に影響が出なければよいけど。

 朝食を済ませ、制服に着替え、昨日のうちに準備していたカバンの中身を再度確認する。

 HBの鉛筆が予備含めて数本。消しゴムも二個。シャープペンシルは試験に使えないけど念のため。それから誕生プレゼントに父さんからもらった時計。普段時計は身につけないけれど、試験の時には時間配分を考えるために必要だ。試験中に使用できる時計は計算機能などがついていないシンプルな時計だけなのでちょうど良い。

 アナログ時計の盤を見る。秒針が正確に時を刻んでいる。明日は一分一秒も無駄にできない。

 あとは鉛筆削りと世界史の用語集、英語の単語帳も入れる。お守り代わりに倫理の教科書も入れた。

「頑張ってね。焦らずに落ち着いて解けば大丈夫」

 昨日、学校の帰りにしずく先生が僕に笑顔で言ってくれた。もちろんそれは副担任として一生徒に対して言ったってことぐらい分かっている。

 それでも僕はしずく先生のその言葉に勇気づけられた。

 最後に受験票を手に取り、書かれている試験場名を確認した。「岩手大学試験場」。大丈夫、試験会場も間違っていない。

 荷物を持ち玄関に向かうと、珍しく母と父が二人揃ってやってきた。

「おう。頑張れよ」

「いってらっしゃい。頑張ってね」

 静かに降る雪の中、僕は岩手大学に向かって歩き出した。

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