第26話 真相は誰も

***

 翌日、杉本先生は正式に停職処分が下された。期間は一ヶ月。生徒とのわいせつ行為の事実はなかったものの、わいせつな内容を一方的にメールで送信したことが確認できたとされ、その非違行為の態様、生徒への被害の大きさから、今回の処分となったようだった。

 停職期間中は無給となり自宅謹慎が基本で、その後は職場復帰となるのだが、杉本先生はその日のうちに学校へ依願退職を申し入れたのだった。

 きっと先生はあの本当のチャットのやりとりを学校に報告しなかったのだろう。

「杉本先生、やっぱり辞めたわねぇ」

 森先生は煎餅を頬張りながら話しかけきた。

「そりゃあ復帰したところで居心地悪いわよね。まあこの方が生徒も安心でしょう。そうですよね、春野先生」

「え、えぇ。まぁ」

 森先生も本当のことを知らないのだ。あのチャットのやりとりを知っているのはたぶん、杉本先生以外、私と十文字さんだけだ。


 杉本先生が辞めたという情報はその日の夕方には生徒にも知れ渡っていた。当然十文字さんの耳にも入っていることだろう。

 自分の行ったことに対して、このような結果となり彼女はどう思っているのだろうか。清々した? それとも落ち込んでいる?

 ひょっとしたら杉本先生へ連絡を取っているかもしれない。それともなかったことにするのかもしれない。

 彼女にはちゃんとけじめをつけて欲しい。私から歩み寄るべきか、それとも自己解決するまで待つべきだろうか。悩ましいところだ。

「あの、春野先生」

 授業が終わり職員室に向かって歩いていると後ろから声をかけられた。

 振り向くとそこには佐々木くんが立っていた。

「ん? なに?」

「これ、忘れてますよ」

 佐々木くんは私のペンケースを持っていた。どうやら教室に忘れてきてしまったようだ。

「あら、ありがとう」

 昔からよく忘れるのだ。どうしてかペンケースだけは学生時代の頃からずっと置き忘れてしまう。音楽や美術など特別教室で授業をすると、私の忘れたペンケースを友人が持ってきてくれるのだ。その癖は教師になっても変わらず、こうやって生徒が持ってきてくれることが度々ある。

 佐々木くんと職員室まで話をしながら歩いた。彼もいろいろと悩んでいるようだった。

 高校三年生というのは本当に繊細な時期であると思う。内面的にも大人へと成長する時期でもあるし、家庭、受験、恋愛、仕事と環境も変化していく。その中で彼らは悩み、判断し前に進む。

 失敗したっていい。悩めば悩むだけ成長につながると思っている。大人の私たちだって正解は知らないんだから。だけど僅かながらに先を見ることができる私たち教師は彼らの道を踏み外さないように、そっとフォロー出来ればと思っている。

 十文字さんも佐々木くんも、彼らの人生、必死に悩んで欲しい。



***

 その夜、私は美緒に電話をした。

「へぇー。うちの高校はその辺ゆるいかなー」

「そうなんだー」

「私立だしね」

 美緒の高校では居酒屋のアルバイトも申請すれば許可するらしい。

「しかも、しずくのとこと違って田舎の高校だから、バイトしたくてもする場所あんまないし」

 ギャハハと美緒は電話口で大きく笑う。

「本人から相談されるのを待とうと思ってるのよね」

「ないない。生徒から先生に相談することってまずないよ」

「そうかなぁ」

「そうだよ。うちらが学生の時も、先生に相談なんてしなかったでしょ。しずくが思っている以上に生徒と先生の距離は遠いからね」

「私は結構相談される、かも」

「まじ? それはしずくが学生っぽいからだよ」

「なにそれ。バカにしてるでしょー」

「いや、むしろ羨ましいよ」

「どうして?」

「私って結構、昔から白黒はっきりさせたがるじゃん」

「そうねー。ダメなものはダメって、割とグサッとトゲつけて言うよね」

「二言ぐらい多いけど?」

「だってそうだもん。それこそ高校の時のマリオス潜入事件だよ」

 私たちが高校生の時、盛岡駅前にある高層ビル「マリオス」に当時人気だった芸能人が来るという噂を聞きつけて、私と美緒は見に行ったのだった。

 会場にはチケットがないと入れないのだが、私は裏口からスタッフのフリをして潜入を試みたのだった。

 そしたら美緒が突然、「しずく、それはよくない」と私の腕を掴みぐいぐいと盛岡駅まで引き戻されたのだった。駅まで三百メートルぐらいあったと思う。

「あー。懐かしい」

「あの時は美緒に道を正されたよ」

「でしょー? でもそれが生徒からは嫌厭されがちなのよね。本当は後押しして欲しくて相談するのに、ダメとか無理とか正直に言っちゃうから」

「難しいよね。ダメなことはダメっていうのが教師だとも思うけど、あまり彼らの行動を制限してしまうのも良くない気がするし」

「そう、まさにそれ。しずくはそこが良いんだよ」

「自分の考えを持ちつつも生徒と一緒になって考えてくれるっていうか、そういうとこあるよね」

「自分ではそんなつもりないけど」

「いや、ほんと羨ましい。そういうとこ。私もしずくみたいな性格だったらもっとモテるのになー」

「来月、結婚式挙げる人がなに言ってるんだか」

「へへへっ」

「どうなの? 準備は?」

「それがね――」

 美緒とはいつまでも話してられる。その日も夜遅くまで電話をしていた。



「春野。ちょっと」

 放課後、珍しく職員室に十文字さんがやってきた。

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