第25話 先生の後悔

 杉本 :今、話いいか?

 十文字:なに?

 杉本 :キミがお金に困っているのは知っている

 十文字:うん

 杉本 :キミの家族が大変なことも知っている

 十文字:うん

 杉本 :でも、流石に今月はもう貸せない

 十文字:どうして?

 杉本 :物事には限度がある

 十文字:じゃあどうしたらいいの?

 杉本 :やはりちゃんと学校に相談しよう

 十文字:ダメって言われるに決まってる

 杉本 :しっかり話せば学校だって許可してくれるよ

 杉本 :僕から話すから

 杉本 :どうだろう

 十文字:どうって

 十文字:もし学校が許可してくれなかったらどうするの?

 十文字:お金貸してくれる?

 杉本 :それはできない

 十文字:うちのこと見捨てるの?

 杉本 :そうじゃない

 十文字:だってさ、学校が許可出してくれなくて、先生からもお金借りれなかったらどうすればいいの?

 十文字:見捨てんじゃん

 杉本 :そうじゃないよ

 十文字:最悪

 十文字:もともと先生のせいで働けなくなったのに

 杉本 :もともと黙ってバイトすること自体禁止です

 十文字:そんなの知ってるし

 十文字:それでもお金ないから困ってるって言ったじゃん

 十文字:何度も言わせないで

 杉本 :分かった

 杉本 :分かったから

 杉本 :ここは、ひとつ一万円でどうだ?

 十文字:なにそれ、どういうこと?

 杉本 :前ほどは貸せないが、学校の許可が降りなかったら、月一万円まで貸す

 十文字:そんなんじゃ全然足りないよ

 十文字:結局、見捨てるのと同じじゃん

 杉本 :あのな

 杉本 :貸してしまった僕も悪いけど、こんなに借りて返せないだろ

 十文字:うるさいな。ちゃんと返すよ!

 十文字:いつまでに返せばいいの?

 杉本 :別に急かしているわけじゃない

 杉本 :お金を借りていることを認識してほしい

 十文字:そんなの分かってるよ!

 十文字:どれだけ親の借金があると思ってんのよ

 杉本 :そうだな

 杉本 :言いすぎた

 十文字:悪いと思ってんなら金貸してよ

 杉本 :だからまずは学校に相談しよう

 杉本 :それに好きなんだろ?

 十文字:なにが?

 杉本 :仕事するのが

 十文字:別に

 十文字:必要だから働いているだけだし

 杉本 :笑顔で働いてたじゃないか

 十文字:接客業だからだし

 杉本 :ちゃんと許可もらって、また堂々と働けばいいことだ

 十文字:そんな簡単に言わないでよ

 十文字:バイトばっかりで勉強も出来ないんだから

 杉本 :大丈夫だ

 杉本 :慣れればバイトと勉強の両立だって出来る

 十文字:は?

 十文字:無理だよそんなの。ほんと勝手なこと言わないで

 十文字:こんな状況で両立できるヤツなんていないよ

 杉本 :いるよ

 十文字:は? 誰よそれ?

 杉本 :僕のことだよ

 杉本 :先生だって、高校の時にはバイトと勉学両立してたんだ

 十文字:そんなの知らないよ。先生の時とは時代が違うし

 十文字:もういい

 十文字:先生に頼った私がバカだった

 十文字:もう関わらないで


 会話はそこで終わっていた。

「このやりとりは、学校に報告してないんですよね?」

「えぇ。竹下先生がチャットのキャプチャ画面を見せてきまして……まぁ、だいぶ歪曲された内容でしたけど」

 おそらくそれは私が先日、森先生から見せてもらったものと同じものだろう。まるで先生が生徒に売春を持ちかけているような内容だったけれど、今、杉本先生から見せてもらったものは、同じ言葉が使われていても全く意味が異なっていた。

「それで先生はどうされたのです?」

「竹下先生が『これは本当か』と。だから、僕の言葉ですって」

「どうして……」

「僕が送信したメッセージには変わりなかったから」

「でもこれじゃあ、意味が全く違うものになっちゃう」

「そうですが、彼女を傷つけてしまったことには変わりないし、言い訳できる立場でもないのも分かってますから」

「だけど……」

「彼女とのやりとり、何度も見返したんです。見れば見るほど僕はひどいことしたんだなって反省しています」

 先生は唇を噛みしめていた。手に持ったコーヒーカップの中には、乾いたコーヒーが跡をつけていた。

「お金を貸してしまったことはもちろんだし、それよりも彼女の環境に寄り添って対話できていなかった」

 確かに先生のしたことはよくなかったかもしれない。学校が禁止している居酒屋アルバイトを見つけたのにも関わらず、学校側に報告相談せずに、自らの判断で黙認してしまった。その上、生徒と個人的に連絡先を交換し、さらに金銭のやりとりをしてしまったのだ。

 ただ先生は十文字さんの力になれればと思い行ったことで、決して悪意や自分の欲で行動したわけではないのも分かる。犯罪を犯したわけでもない。

 先生は正しくはなかったかもしれない。でも事実を伏せたまま終わってしまうのも違うような気がした。

 それにこのまま事実が明るみに出なければ、十文字さんは事実を改ざんしたままになってしまう。

 彼女はそれでいいのだろうか。

「今日は先生に頼みがあるんです」

「頼み?」

「十文字さんのこと、よろしくお願いします」

「それはもちろん、受け持ってる子ですし……」

「決して十文字さんを責めないでください。教師として恥ずるべき行為をしたのは僕ですから」

「そんな。先生は十文字さんを助けようと」

「でも方法は間違っていたと思います」

 否定も肯定もできなかった。

「……あの、これから先生は?」

「僕はもう学校には行きません」

 杉本先生はコーヒーカップを手に持ち、中身がないのを見ると寂しげにテーブルに戻した。


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