第24話 当時のやりとり
「いや。僕から彼女に連絡してしまったことには変わらないから」
「でも、これじゃ、先生だけが悪者になっちゃう……」
先週、杉本先生から連絡があったのだ。私に電話をかけてきた杉本先生は、私が出るなり謝罪してきた。それから事の経緯を説明したいと申し出てきたのだ。それでカフェで会うことにした。
私がカフェに着くと、杉本先生はすでに席に座っていた。先生はマスクの他に、帽子とサングラスまでして背中を丸くして私が来るのをおびえるように待っていたようだった。
杉本先生が十文字さんと連絡を取るようになったのはある出来事からだった。
それは昨年末、友人たちと入った居酒屋に十文字さんが働いていたそうだ。学校では居酒屋でのアルバイトは禁止している。だから先生は彼女に注意をした。
「居酒屋バイトは禁止のはずだけどな」
「知ってる」
「『知ってる』じゃないでしょ」
「バレないと思った」
「担任に連絡するからちょっと待ちなさい」
「やめて。連絡しないで」
彼女の家は母子家庭で金銭的に厳しいらしいのだ。それは私も知っていた。そのため昼間のアルバイトよりも居酒屋の方が時給が良いからと学校には黙って働いていたようだった。
学校にそのことがバレてしまうとアルバイトが出来なくなってしまうので担任にも学校にも報告しないでほしいと彼女は言ってきた。
先生は悩んだ末に、彼女のアルバイトを黙認することにしたのだ。
「分かった。今日のことは見なかったことにする」
「本当? 信じられない」
「本当だ。言わないよ」
「嘘」
「あのなぁ……。本当だったらすぐに連絡して、然るべき対応を取るんだぞ。それをしないだけでもありがたいと思え」
「……」
「事後報告でいいからちゃんとアルバイト申請しなさい」
「……」
「何だ? 不満なのか?」
「だって、居酒屋なんて絶対許可降りないじゃん」
「春野先生が何とかしてくれるさ」
「春野? あいつがやるわけないじゃん。ってか、あんたも結局他人任せじゃん。面倒なことに巻き込まれたとか思ってるんでしょ」
「そんなことは……」
杉本先生は当時の会話のやりとりを再現しているのだけれど、十文字さんの中での私の頼られなさにショックを受けた。
「じゃあこのまま秘密にしてよ」
「何でそうなるんだ」
「別にいいじゃん。先生が知ってるんだから問題ないでしょ」
「問題だ。僕だけじゃどうしようもできないから学校に報告するんだ」
「ほら、そうやって他人任せにする」
「だからなあ、そうじゃなくてだな……」
杉本先生は少し考え彼女を納得させるのを諦めた。
「……分かった、分かったよ。アルバイトについては僕が責任を持つ。その代わり」
「何?」
「なにかトラブルに巻き込まれたりしたら困るから、問題が起きそうな時は、早めにここに連絡しなさい」
そうして杉本先生は自分のスマホを取り出した。
「一人の生徒を特別扱いしない。トラブルの元になるから生徒と個別連絡はしない。それは十分理解していたんだ」
杉本先生は手元にあるカップの中身をじっと見つめていた。
「こちらから連絡しなければ……。教えるだけなら問題ないだろうと……その時はつい……」
「教えてしまった、のね」
先生はコクリと頷く。
「ただ……」
先生は何か迷っているふうに口をつぐんだ。それは彼の後悔なのか、それとも何か隠したいのか。
「下心があったわけじゃないことだけは……」
何かにすがるような犬のような彼の目に、私は曖昧に頷いた。
「現に、僕から連絡することは……なかった」
「十文字さんの方から連絡が来たの?」
「一週間くらい経った時にチャットにメッセージが来た」
先生はスマホの画面を操作し、チャットアプリにある最初のメッセージを私に見せた。
そこには十文字さんと先生のやりとりが表示されていた。
十文字:困ってる
杉本 :どうした?
十文字:杉本のせい
杉本 :教師を呼び捨てにするんじゃない
十文字:先生のせい
杉本 :何かあったのか?
十文字:バイト辞めさせられた
杉本 :この前の飲み屋?
十文字:そう
十文字:この前の話、店長に聞かれてた
杉本 :そうですか
十文字:居酒屋はどこいってもアルバイト許可証が必要だって言われて働けなくなった
杉本 :もともとそういうものです
十文字:冷たいね
十文字:先生のせいだよ
十文字:今まで働けてたのに
杉本 :正式に学校に申請しなさい
十文字:無理
杉本 :それはどうして?
十文字:だしても許可降りないでしょ
杉本 :日中のアルバイトなら許可がでます
十文字:日中もしてる
十文字:土日にカフェで
十文字:そっちはちゃんと申請してる
十文字:でも、バイト先はひとつしかダメって申請書に書いてた
十文字:だから居酒屋は黙ってしてたのに
十文字:先生のせいで出来なくなった
十文字:お金が足りない
杉本 :なんのお金ですか?
十文字:親の借金
杉本 :借金ですか
十文字:そう
十文字:だから先生、お金貸して
彼女の要求に杉本先生は初めは断固として拒んでいたそうだ。けれど彼女の要求が何度かくることで、あの時しっかり学校に報告していれば、このようにはならなかったと思うと、あながち彼女の「先生のせい」と言う言葉は間違いではなく、自分自身にも非があったのではと思うようになったそうだ。
「僕はそれで……。ダメなことだって分かっていましたが、後に引けなくなりお金を貸してしまいました」
「いくらぐらい?」
「昨年末から先月までで二十万ほど」
「杉本先生……それは結構な額ですよ」
「えぇ。分かっています。僕も流石に良くないと思って、彼女に言ったのがさっきのメッセージなんです」
杉本先生はスマホの画面をスクロールし、カフェに来た時、一番初めに見せてくれたチャットのやりとりをもう一度私に見せてくれた。
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