第23話 生徒の指導方法
「春野先生、知ってます?」
職員室に戻るなり森先生が話しかけてきた。
「なんですか?」
「杉本先生、処分検討のため明日も自宅待機だそうですね」
彼女はなんだか嬉しそうに語る。
「でも当然よね。生徒に手出しちゃうんだもの。犯罪よ、犯罪」
私は適当に相槌を打った。森先生と会話するとあることないこと変に生徒に伝わりそうだし、特にこの件については慎重になったほうがよいと思ったからだ。
「それよりも、杉本先生が来ないせいで古文の私が現国も担当しなくちゃならなくなったのよ。いつまでも現国を自習にしてられないでしょう」
杉本先生は現代文、森先生は古典を教えている。森先生は現代文のことを現国、古典を古文と言っている。昔はそう呼んでいたらしい。
「新しく入った田鎖先生がやったらいいのにね。確か彼、現国でしょう。でもまあ、新任でいきなり三年生担当は難しいわよね」
森先生は教師歴三十年の大ベテランだ。この高校に来てからも結構長いようである。
「ただでさえ人手不足なのに、ほんと、困っちゃうわ。やーねー」
嫌だと言いつつもやはりなんだか嬉しそうな顔をしている。
「あ、そういえば、この前、駅前のカフェで十文字さん働いているのを見たわよ。ちゃんと指導しなきゃだめよ」
指導ってどういうことだろうか。アルバイトに関しては学校としても認めているし、カフェであれば職種的にも問題無いはずだ。本人からのアルバイト許可証も出しているはずだ。
「十文字さんのアルバイト許可証は受理してますよ」
「何言ってるの。これだから問題起こすのよ。アルバイトなんてね、世間が認めているから渋々認めているだけで、あんなもの建前よ。原則アルバイトは禁止。生徒は勉学に励むものよ。そんなことも分からないのかしら」
「は、はぁ……」
「それにね、そうやって未熟なまま社会に出るから、変な性犯罪に巻き込まれるよ。私だったら絶対に許可なんてしないわ」
アルバイト経験することでより成長できるし、社会経験にもなると思っている。現に私がそうだった。
森先生は経験豊富でいろんな情報を私たちに教えてくれるが、言い方に癖があり、考え方も独特で誤解を招くことがある。生徒にも同じ話し方で接しているため、間違って伝わったり反感を買うことが多いようである。
「一度、バイト先に顔出したほうがいいわよ。ああいう生徒は学校の外で何してるか分からないから」
森先生の発言には言いたいことがあるけど、長くなりそうなのでやめた。
先生によっては学校外のことでも目を光らせている。特に森先生は家庭のこともバイト先もプライベートも知らないと気が済まないぐらい生徒のことをなんでも知っている。
その方が生徒を把握しやすいし、指導しやすいのかもしれない。ただ、私は学校外のことは基本的に深入りしないようにしている。私もそうだったけれど彼らは悩みが多い年頃なのだ。繊細で、不安定で、脆い。親や教師に踏み込んで欲しくない部分もあるし、反対に大人にアドバイスしてもらいたい時だってある。どうするのが良いのかは誰も分からない。自分で答えを導くしかないのだ。悩んで悩んで考えることで成長できるものだと思っている。
たぶん職業柄、常に考えることをしてきた私の癖なのかもしれない。だから森先生は十文字さんのアルバイト先を見たほうがよいと言ったけれど、それは本人を裏切ることになると私は思っている。
だけど十文字さんが進路相談室を出る時に言った「関わらないで」という言葉が気になって仕方がないのも事実だ。彼女をどうフォローしたらいいのだろう。本人の悩みに深入りするべきでないと思いつつも、気になって仕方がない。だからといってセンシティブな問題を本人から聞き出すようなことはしたくないし、私自身、うまく彼女から引き出すことが出来ない。やはりこういうことはスクールカウンセラーに任せるべきなのか。
***
その週の土曜日。私はあるカフェにいた。店員が忙しなく飲み物を作っている。私の目の前にはアイスティー、向かいの席にはホットコーヒーが置かれている。お互いもうほとんど飲み物は残っていなかった。そして目の前には杉本先生が座っていた。先日まで先生だったというのが嘘のように疲れ果てた顔をしていた。
私は杉本先生から渡されたスマートフォンの画面を見ていた。
「先生、これ、ちゃんと報告しました?」
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