第15話 先生と進路相談室2

 こういう話を相談できる人が僕にはいなかった。ノリやなべやんは相談に乗ってくれてありがたいのだけれど、もっと専門的な意見というか、大人の意見が欲しかった。

 インターネットの知恵袋サイトでも確認してみた。

 Q:私は中学二年生です。両親が不仲なのですが、どうしたら良いですか?

 ベストアンサー:キミからホテルのペアチケットをプレゼントしなさい


 Q:両親が離婚した場合、子供はどうなるのですか?

 ベストアンサー:離婚時にはいくつか決めるべき項目があります。親権や養育費、面会交流、婚姻費用、財産分与、年金分割、慰謝料です。長文になりますが、これら一つ一つを解説していきます。まずは親権ですが――。


 Q:父親が家事をしません。どうしたらよいですか?

 ベストアンサー:このご時世、考えられません。すぐにでもやらせるべきです。


 いくつかのサイトで確認してみたけれど、冷やかしだったり、専門用語だらけで分からなかったり、僕にとってはあまりベストアンサーではない答えが並んでいた。

 誰かに相談したい、そう思った時、しずく先生が頭に浮かんだ。

 本当だったらこういう時はスクールカウンセラーに相談するべきなのだろうけれど、普段接点がない分、話しにくかった。それよりもしずく先生ならちゃんと話せるし、ちゃんと聞いてくれる。そう思った。相談するにはちょっと勇気がいるけど、ひとりで悩むよりマシだと考えたのだ。

 だから僕は放課後、あまり他の先生や生徒にバレないようにしずく先生に話しかけた。

「いいわよ。進路相談室でいい?」

「はい」

 僕と先生は誰もいない進路相談室へ入った。この前のように本棚の奥にある個別相談室へと入る。

「相談って何かしら?」

「実は、勉強のことじゃないんですけど」

 こんなこと先生に相談していいのだろうか。先生は僕が話をするのを待っている。

 ここに来て躊躇してしまった。先生に話すのはやっぱり違う気がしてきた。

「あの。やっぱ……」

「佐々木くん、この前、朝、何か言おうとしてたわね」

「え……?」

「ほら。朝、校門の前で」

 そうだった。登校時に先生に会って、先生が「悩み事?」と訊いてくれたのだ。

 岩田さんが現れたので、結局何も言わなかったけれど。

「そのこと?」

「え、あぁ、まあ。そう、です……」

 僕が何か話そうとしていたことを先生は覚えてくれていた。

「それに、この前も不安について質問してたものね」

「はい。なんていうか家族のことで……」

 話の流れでつい本題を話してしまった。

「家族のこと?」

「はい……」

 先生は席に座るように手で促す。僕らは向かい合うように席に座った。

「俺、家で離婚届を……」

 言葉に詰まる。ノリに相談した時は、まるで他人事のように話せていたのに。

「離婚届を?」

 先生は次の言葉を促すように、僕の言った言葉を優しく繰り返す。

「母親が、書いたやつを……見て、しまったんです」

 僕の言葉を聞いた瞬間、先生の目が左右に揺れ始めた。動揺しているのかもしれない。

「ごめんなさい! やっぱこういうのは迷惑ですよね。学校のことでもないのに」

「ううん。全然そんなことないよ。むしろ相談してくれて嬉しいわ」

 先生はにこやかに笑った。だけれど、すぐに笑みは消えた。

「佐々木くん、ずっとひとりで抱え込んでいたのね。大変だったね」

「あ……。いえ……」

 なんだろう。先生にそう言われて急に心が軽くなった気がした。

「ご両親からは、直接、何かそのことについて佐々木くんに話があったの?」

「いえ……本人たちは『もう大丈夫だ』の一点張りで……」

「そんなこと言われても、そんなもの見たら不安よね」

 コクン、と頷いた。

「もし、話せるならで構わないけど、佐々木くんはどう思ってるの?」

「えっと……。あの。先生……」

「ん? なに?」

「このこと……。親に報告するんですか?」

「しないわ。安心して」

「他の先生には……?」

「本当は担任の須藤先生に報告する決まりなんだけど……」

 先生は僕の顔を見る。

「でもしない。これは私と佐々木くんだけの話にしましょ。安心して。誰にも言わないから」

 コクリ、と頷く。先生もゆっくりと頷く。

「離婚届なんて、私だってみたことないもの。婚姻届だって見たことないわ」

 婚姻届や離婚届を見る機会なんて、普通の人であればそんなにないのだと思う。一回も見ない人だっているだろう。

「先生、俺はどうしたらいいんですか?」

「お母さんとお父さんに一緒にいてほしい?」

 実はそれも分からなかった。一緒にいてほしいとは思うけれど、昔から二人が喧嘩しているのはよく見ているし、二人で話し合って結論を出したのなら僕は従わなければいけないと思っている。もう子どもでもないし。

 だけどなんだかそれは今までの僕ら家族の歴史を否定するみたいで、すごく嫌で。でも僕はどうしたらいいのか分からなった。

「私ね、小学校にあがる前に父親を亡くしてるの」

 先生が話し出す。

「癌で。その頃もうだいぶ進行しててね、分かってからはあっという間だった。最期はもう話せなくなって。話せるときにもっと話しておけばよかったなあって。環境も時代も悩み事も違うから比べるものでもないけれど、でも佐々木くんにはまだまだ出来ることはあると思うわ」

「でも、もう……」

「止めればいいじゃない。佐々木くんが」

「……」

「ご両親は『もう大丈夫』って言ったのよね?」

 僕は頷く。

「全然、大丈夫じゃないわ。ご両親は大丈夫なのかも知れないけど、佐々木くんはだいじょばない。ならこれはご両親にとっても大丈夫じゃないし解決した問題じゃないわ。だって家族でしょ。ご両親二人だけの問題じゃなくて、佐々木くんも含めた三人で話し合わなきゃよ」

「……」

「不安よね。なにかしようとしたら勇気が必要だし、もしそれが悪い方向に進んでしまったらどうしようって……」

 先生は一度言葉を切ると、再び話を続けた。

「私もね……こういう相談って初めてだから、どうしたらいいのか私も本当は分からないのよ。ベテランの先生に相談して方向性を決めていかなくちゃなんだろうけど。もし私の言った言葉で、佐々木くんが、佐々木くんの家族がもっと悪い方向に進んだらどうしようって。だから私もそれだけ責任を持って話をしてるし、これからもしっかりサポートするわ」

「先生は悪くないです。俺が一方的に、相談しただけですから」

「ごめんね。力になれなくて」

「そんなことないです。俺、やっぱり一度、親に話してみようと思います。話す機会をもらったんだと思う」

 しずく先生は困った顔をしていた。赴任当日に職員室がどこか分からずキョロキョロしていたあの時よりもずっと困った顔をしていた。

 でもその顔は一瞬だけで、その後「いつでも相談に乗るからね」と言い、僕に向かって微笑んでくれた。


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