第8話 閉店のお知らせ

***

「お前の実力なら十分狙える範囲だぞ。どうだ考えてみろ」

「そうですね……」

「まぁ、実際決めるのはまだ先だからな。とりあえず次の実力テスト時に候補として入れとけ」

「はい……」


 進路相談室の引き戸を閉める。

 窓の外をみると結構激しい雨が降っていた。梅雨というより夕立に近い激しさだ。

 傘持ってきて正解だったな、と思いながら教室へ戻った。


「おうー。どうだった?」

 ノリが手を振ってくる。

 放課後の教室には数人の生徒が残っていた。

 今週から実力テスト前の進路相談が始まったのだ。毎日、男女数人、担任の須藤先生に志望校をどこにするか相談するのだ。

「佐月さんの番だよ」

 僕が声をかけると佐月さんは「ありがとうー」と教室を出て行った。


岩大がんだいすすめられた。あとは弘前ひろさきも。お前の実力なら狙えるぞ、ってさ」

「へぇー、いいじゃん。実際どうなの?」

「うーん。まあ、なんていうか、やりたいこと決まってないのに志望校決めちゃっていいのかなーって思うよね」

「たしかにな。岩田さんみたいにやりたいことハッキリしてれば、大学決まるんだろうけどな」

 岩田さんと岩手公園を歩いたのは、もう二ヶ月も前のことだ。あのとき岩田さんは外交関係を目指していると言っていた。

「ノリはどうすんの?」

「なんも決まってない。明後日進路相談だからその時に考えようかなーってぐらい」

「まあ、そんなもんだよな」

「さて。帰るかー」

 ノリは「よっ!」っと席を立つと窓際に行き「雨やまねーなー」とつぶやいた。

「歩いて帰るかー」

「げー。遠いなー」

 2015年、僕たちが高校一年生の時に道路交通法が改定されて傘さし自転車が違反になったのだ。

 中学の頃はよく二人乗りや傘さし運転をしていたけれど、今はできなくなっている。

 だけど隠れてしている生徒はまだ多数いる。

 副担任のしずく先生がホームルームで、傘さし運転、イヤホン、無灯火はやめるようにと言っていた。

 駅まで自転車で十数分。田んぼ道だし誰にも迷惑かからないから傘さし運転しても問題ないと思う生徒もいる中、「きみたちは受験生だからね。自分は大丈夫、なんて考えないこと」と、しずく先生は釘を刺していた。僕たちは駅まで歩いて帰ることにした。



「おい大地! これ見ろよ!」

 盛岡駅で電車を降りて駅ビル内を歩いていると、フェザンの前でノリが肩を叩いてきた。

 ノリが指差すところを見ると、「閉店のお知らせ」というシンプルな掲示が貼られていた。フェザン内に入っているCDショップが今月末で閉店するという。

「まじかよ。潰れるのかー。紫波さんのCD、どこで買えばいいんだよー」

 駅直結でよく学校帰りに寄っていて、それなりに重宝していたのに、まさか潰れるだなんて思ってもなかった。

 やはりインターネット配信に押されてCD業界は不況なのだろうか。

「大通りにCDショップってあったっけ?」

 僕は大通りのアーケード街にある店舗を思い出す。さわや書店、ミスド、手芸屋、メガネ屋……。

「ないかも」

「だよな。あとはカワトクの中か」

「だね」

 カワトクというのは大通り沿いにある盛岡の百貨店だ。

「あと、大通りの一番奥にもあったな」

「え、あそこってもう潰れたよね?」

「そうだっけか。近くにねえなあ」

 学校帰り、僕たちの帰り道でカワトクまで行くには少し遠かった。

 大通り以外に、僕たちの通学路上にはCDショップはおろか目立った商業施設はないのだ。大通りに行くこと自体、通学路からははずれてしまうが。

 つまり学校帰りにふらっとCDを買う場所がなくなってしまった、ということだ。

 僕はCDはほとんど買わないからあまり影響はないけれど、ノリは紫波さんのCD以外にも買っているので結構ショックだろう。

「まじでショックだわー」

 やっぱりショックらしい。肩を落としているし、相当気持ちが凹んでいそうだ。

「あ!」

 そう言えば、とひとつ思い出した。

「なんだ?」

 ちょうど通学路上にCDショップがひとつあったことを。

「確か、材木町ざいもくちょうにあったよね」

「材木町?」

「ほら。光原社こうげんしゃの近く」

「あー、あったあった!」

「ね。あそこなら帰り道の途中じゃん」

「おー。だなっ!」

 ノリが途端に明るくなった。そこまであからさまに元気になると、なんだか僕まで嬉しくなる。

「今度CD買う時は付き合ってな」ノリが言う。

「おう。もちろん」と僕は答えた。




 緑色の文字で「離婚届」と書かれた書類を僕は持っていた。

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