第7話 来年また見ればいいじゃん

 突然、後ろから話しかけられ、振り向くとそこには岩田さんが制服姿で立っていた。岩田さんは「よっ」と手をあげる。

 僕も「やあ」と手を上げた。

 岩田さんは休日なのに制服を着ていた。さすがに埴輪スタイルではなかったけれど。

「どうしたの?」

「これから塾なんだよー。ちょっと時間あるから桜でもみようかなって。佐々木くんは?」

「俺も」

「え! 佐々木くんも塾通ってるの? 能開?」

「あ、いや。違う。そっちじゃない」

「え? M進とか?」

「いや。そうじゃなくって。俺も、っていうのは塾のことじゃなくて桜のこと。俺も桜見にきた」

「あー、そういうことか!」

 岩田さんはぽんっと手を叩いて「じゃあさ。せっかくだから一緒に桜見ようよ!」と言った。

 特に拒む理由もないので、いいよ、と言った。岩田さんはケロっと笑って、桜の樹を見上げる。

「綺麗だよねー。桜」

「今年は咲くの少し遅かったよな」

 僕たちは横に並んで桜並木を歩き出す。

「ねー。しかも明日からしばらく雨だってよ。散っちゃうじゃんねー」

 さわさわさわと桜の揺れる音が聞こえる。空は快晴。とても明日雨が降るとは思えない。

「この桜ももう見れないと思うと寂しいなー」

 岩田さんは大袈裟に寂しがっている。

「来年また見ればいいじゃん」

「そうなんだけどね。でも多分、うち来年いないと思う。だから、この桜も今年で見納めかなー」

 岩田さんは僕の方を向くとにっこりと笑った。

 それって、どういうことだろう。

「あ、違うよ? うち死ぬとかじゃないよ」

 意味が分からず思案していると、岩田さんが慌てて付け加えてきた。

「うち東京の大学受ける予定だからさ。来年の桜の季節には盛岡にいないなーって」

「あぁ、そっか。そういうことか」

 僕らは受験生なのだ。そして僕たちのクラスは進学クラス。県内の大学を志望している人もいれば、岩田さんのように上京する人、仙台や秋田などの隣県の大学を目指している人もいる。もちろんまだ何も決まってなくてこれから実力テストの結果を見ながら決めていくという人もいる。というか多分、大半の人がまだそれだと思っている。現に僕もそうだし。

「佐々木くんは? 佐々木くんはどこに行くか決まってるの?」

「いや。ぜんっぜん、決まってない」

「そっかー。まだ四月だもんね」

「岩田さんこそ四月なのにもう決めてるのすごいね」

「うちはね、やりたいことが決まってるからかな」

「へぇ。なにするの?」

「外交関係かな」

「すげぇー」

 岩田さんは先を見ていた。僕なんかまだ何も決まってないのに、岩田さんは大学のその先まで見ていたのだ。

「まだ夢の話だけどね」

 岩田さんは照れたように、でもどこか自信に満ちたように笑う。

 さわさわさわと桜の花が目の前を飛んでいく。

「わぁーっ、めっちゃきれいー!」

 向かい側で高校生のカップルがはしゃいでいる。女子高生は男子の手を繋いでぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

 僕たちはその横を通り過ぎる。側から見たら僕たちもああいう風に見えてるんだろうか、ふとそんなこと思った。


「あ、じゃあ、うちこっちだから」

 岩田さんは肴町さかなちょうの方を指さした。

「じゃあ、また月曜日に」

「はーい、じゃあねー」

 そうやって岩田さんと別れた。

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