第2話 きみの星にスパイラルスター
***
「おー、寒いな」
校舎から出たノリが言った。僕たちは自転置き場に向かって歩き出す。
「あ、でも大地は髪長いから俺より寒くないか」
ノリは坊主頭とまではいかないけれど、かなりの短髪である。それに比べ僕は耳に完全に髪が掛かるくらい長髪だ。別に長髪が好きというわけではなく、単純に床屋に行くのが面倒でついつい髪を切るのを先延ばしにしがちでこうなっている。今月中には髪切りに行かないとさすがに伸びすぎかもしれない。
冬はこのほうが心なしか寒くないのだけれど。
盛岡の春はまだまだ寒い。春といっても昨日の昼にはまだ雪が降っていたし、桜も咲いてないし、岩手山だって雪が残っている。
夕方、日が落ちるこの時間帯になると気温は一桁前半までグンと下がるのだ。しかも僕らが通う
ただ、そんな寒さを感じるのも外に出た時のほんの一瞬だけで、すぐに外気温に慣れてしまうのだ。現に僕もノリも「寒い」と言いながらも、コートなどは羽織らずに学ランだけで学校に来ている。
ノリなんかは真冬でも学ランだけで来ていた。でもそれはノリがすごいのではなく、半分くらいの生徒はそんな感じで学ランとマフラー、手袋というのが、西高では割と当たり前の光景なのだ。さすがに僕は冬は厚手のコートを着た。
むしろ男子よりも女子の方がよっぽどすごいと思う。コートは着ているものの、下半身はスカートに黒タイツだけで寒くないのかと思う。しかも黒タイツすら履かない女子もいるんだから驚きだ。
僕たちと同じく自転車置き場に向かっている女子を見ると、何人かは短いスカートで生足をさらけ出している。
僕たちよりももろに寒さを感じるし、それでも平気な顔で自転車に乗るんだから、大したものだといつも思う。
「パンツでも見えんの?」
僕が自転車に
「あ、いや。寒くないのかなって」
「ああ、真冬でもあの格好だしな。でもまあ……ああいうヤツもいるけどな」
ノリはひとりの女子生徒を指差した。
そこにはスカートの内側に紺のジャージを履いた――いわゆる埴輪スタイルである――女子生徒が自転車の鍵を開けようとしていた。
ノリが彼女の近くに駆け寄る。
「岩田ー。またなー」
呼びかけられた彼女は顔を上げた。同じクラスの岩田さんだった。
埴輪スタイルは見た目こそ劣るが、防寒という面では、先ほど僕が感じていた生足で寒くないのか問題を解決してくれる大変優れたスタイルだと思う。岩田さんのように埴輪スタイルで登校している女子生徒もそれなりにいる。
「また明日ー」
岩田さんはにこやかに笑いながら僕たちに手を振ると、自転車に跨りスススイと走っていった。
僕らもそれぞれ自分の自転車を見つける。自転車を置く場所は特に指定されていないが、だいだいみんないつも決まったところに停めている。田畑の真ん中にある盛岡西高校では生徒のほとんどが自転車通学で、屋根付きの自転車置場には三学年分の自転車が置けるようにそれなりに広い。毎日置いた自転車を探すのも手間なので、みんな自分なりに所定の位置があるようだ。
僕たちは自転車で十分走り、そのあと電車で盛岡駅まで行き、そこからさらに徒歩で二十分ほどかけて帰るのだ。
舗装された道をノリと並走する。左右には茶色い田んぼがずっと続いている。まだライトをつけるほどの暗さではない。
「あ、ねー。帰りにフェザン寄っていい?」
ノリが横から訊いてきた。
「おー。どうした?」
「
「おお、そっか。ノリ、すっかりファンだな」
「そりゃあね、俺たちの星だからな!」
「よし、急ぐぞー」と、ノリは急に自転車の速度を上げた。
紫波真紀さんは昨年八月、高校三年生の時にプロデビューしたシンガーソングライターなのだ。しかもなんとつい先月まで僕たち盛岡西高校の生徒だったのである。この春に卒業して、これから東京で本格的に活動するらしい。
デビュー当時、学校中が騒ついたし、市内のCDショップではどこも「紫波真紀ちゃんおめでとう!」と店先に一大コーナーが出来ていた。
アーティストとか芸能人とか、小説家とかそういった類の人が、まさかこんな身近にいること自体が僕には驚きだった。
彼女はしっかりと自分の夢を持っていて確実に夢へと突き進んでいて、彼女のニュースを見るたびに、同じ高校の生徒としても嬉しくなる。
今回のCDは三枚目のシングルだ。ノリほどのコアファンではないが、僕も紫波さんの弾くギターのリズムが好きで、しっかり過去作二枚ともCDを買っている。
紫波さんの歌は恋愛ソングがメインで、透明な声と僕ら十代に刺さる歌詞が魅力的である。しかも「銀河」とか「イーハトーブ」といった岩手ゆかりの言葉が入っているのもまた良い。
「俺も歌手目指そうかなー」
ノリはそんなことを言いながら紫波さんの歌を歌っている。
「ノリ、音痴だからなー」
「うっさいわ。じゃー俺はギター弾くからお前ボーカルな」
「俺かよ。つかなんでバンド組む前提になってるんだよ」
ノリの歌に合わせて、僕も心の中で紫波さんの歌を歌いながら駅へと走った。
手を伸ばしてもっと
届かないずっと
それでもやっと
踏み出したのなら届くかな
届きたい
きみの星に
銀河の星に
スパイラルスター
時を超えて
スパイラルスター
時を超えて
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