第28話 飛躍の炎


 僕は天照大神、と刻印されたその𨕫の前でしゃがんだ。


 もう、後戻りはできない。


 息を軽く吸い、耳を研ぎ澄ました。


 囃子方の手が水面に綾が生まれるように俊敏よく動き始めた。


 


 僕はそれに合わせて右手に持った鈴と左手に持った扇子を持ったまま立ち上がり、舞を始めた。


 右足と左足を交互に後ろへ揺り動かすように舞う。


 神楽鈴が勢いよく宙の羽を広げる音が聞こえる。


 ここで体力を使い果たしてはならない。


 それでも、懸命に舞わないと今までの努力がすべて泡になる。


 


 粉骨砕身、すべてをやり尽くせ。


 汗が真冬の夜中なのに滴り落ちる。


 純粋な汗は風と舞いながら落ちていった。


 何度も神楽習いをしてきた光景が目に焼き付き、その完成された映画とともに僕の身体は鋭敏に動く。


 自分でも驚くくらいに。


 息切れが白い霧のように口から出てくる。


 観客の各々が毛布を持参してじっと見入っている中、僕はむしろ身体の内奥から熱を帯び、さらに飛躍の炎は燃え上がってくる。


 


 気の遠くなるような舞が終わると摺り鉦の音も一段と大きく響いた。


 僕は神楽鈴と扇子を座に置いた。


 息を吸いながら腰の赤襷を手に取った。


 観客の視線が今までになく強く注がれていた。


 赤襷を四つ折りにし、左手できゅっと摘まむように片手で赤襷を上下に激しく揺らし、足を高く持ち上げながら舞った。


 


 その所作を一身の乱れを許さずにやる。


 赤襷をすべて伸ばし終えると両手で滝壺から天へと龍が高く飛翔するかのように交互に振るいながら舞った。


 敏捷に一回転しながら赤襷を背中から臀部にかけてでんぐり返しをしながら十字にかけた。


 四方に祈りを捧げながらでんぐり返しを続ける。


 あまりにもの速度ででんぐり返しをするものだから時空が歪んでいくようにも見える。


 ここで気を許してはいけない。


 一人剣の鉄則でもある、足の裏も観客には見せてはならない。


 

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