第25話 衣通姫


僕とあの人が常に仲違いしているのは伯父さんも無論心得ているはずだ。


「親子だもの。辰一君と千夏だっていつか気さくに話せるさ」


 伯父さんの朗らかさとあの人の陰気さはどこで遺伝したんだろう。


 川が二股に流れ落ちるように本来ひとつだったものが綺麗さっぱり別れることなんてあるんだろうか。


 兄と妹が恋い慕う古の伝説。


 確か前に読んだ古事記の中に皇子の兄と姫の妹が恋に堕ち、最期はふたりで身罷られた、という下りがあった。


 衣通姫。


 身に纏った新絹さえも光り輝かせる美貌の持ち主だったという。


 たったひとりの兄を慕い、何を懊悩し、何を恨んで朽ち果てられたのだろう。


 残酷なお伽噺を夢想するように十七歳の僕は空想に耽る。


 くだらない、と思いつつもイメージのパラレルワールドは勢いよく鮮明に進んでいく。


 あの人はよく見知らぬ男と戯れ、背中をくっつけ合っていた。


 兄との失恋の傷心がその自傷行為にも似た過ちであるならばあの人だって哀れでしかないのか。



「そんなに緊張しなくてもいいよ。そのままでいい」


 まだまだ僕は小心者でしかない。あの人とのわだかまりはさっと砂浜に書かれた拙い文字を白波が消すようには簡単には消えてくれない。


 その晩から僕はずっと星を見つめていた。


 銀鏡では星月夜が毎日のようにリフレインする。


 


 星は何度見ても飽きない。


 星を眺めていると自分の悩みなんて小さくまとまるようにも思える。


 辰一君の名前の由来は星辰という言葉から名づけたんだ、辰一君が生まれた晩は星が綺麗でね、と。伯父さんは前に話してくれた。


 顔を振って強風が走り去るように否定する。


 


 違う、違う。


 僕の父親という人は少女に子どもを孕ませたような非難に値すべき人だった。


 知らなくてもいい。


 この星が見られたのならば。


 星はひとつふたつと雫を凍らせたかのように黒い流氷の真上に瞬いている。


 星は目を凝らしても掴めるほどその時空を貫いていた。


 星がもし、哀しみがないのならばこんな無意味な苛立ちさえも砂埃のようにさっと風に吹かれてなくなるんだろうか。


 


 星に哀しみはない。


 星はそこにあるだけだ。


 星々よ、この残酷な世界に降れ、星と君の面影を辿れ、……やってもいないリストに愚痴って何になるのだろう。 


 汚れた書簡にエンドマークの押印をつけようか。


 ついでに諦めの追伸も散りばめて。

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