第21話 あの方、天孫
知ってはいる。
銀鏡に伝わる古の伝説の醜い姫。
こんな山奥でひっそりと身を投げた哀れな姫。
入水でもしたらこの朽ち果てた身体も汚濁を取り払って潔く消え去るものなのか。
歯軋りでもしたかのように口元は震える。
「あなたはあの方に似ておられる。ああ、そっくりなこと。ああ、そっくりなこと」
姫は顎が外れたように哄笑した。
あの方とはこの姫にとってはただひとりしかいない。
妹だけを娶り、姉である姫を追い出したその方。
あの人も今の姫と同じように意味もなく嬉しくもないのに笑いだすときがあった。
精神的に追いつめられると一切誰も手を差し伸べないのに口だけが勝手に動く。
僕はまだ誰かをさすった朝の寝起きのあとの会話も誰かを深く慈しんだ夜の窓辺もない。
このまま一生誰とも交わらないで終えるのか、と思うときがあるくらいだ。
なぜ、世間と断ち切られた僕に興味を持ってそんなに笑うんだろうか。
このまま帰ってこられないかもしれない。
道端に打ち捨てられた小石のようにそのまま置き去りにされる。
「まだまだ知らぬですね。あなたは」
姫が何を言いたいのか、手に取るようにわかる。
想い人に恋い焦がれて身に迫っているのだろう。
これから行われる行為に何の意図があるのか、と息が詰まり、僕は思いきり眉根を寄せた。
ただでさえの醜悪な女人だ。
この姫の内側にある、思わず手を引っ込めそうな媚薬を嗅げば、永遠に立ち眩みが止まらないだろう。
その人が顔も名前も知らない男との媾合のあとの褥を思い出す。
その男と女のそれを今の姫は虎視眈々と狙い撃ちをしている。
その彼岸花の球根のようなそれに僕は冷笑を送りたい。
夜と通せん坊をしたからには虚栄の墓場から手招きされるしかない。
姫は微動だにしない僕の手を握り、嬉々と品定めする老婆のように吟味している。
ああ、このまま餌食にでもされるのだろう、と妙な達観が生まれたとき、姫の瞳と目が合った。
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